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まどかマギカ劇場版感想 5年後のさらにスレた世界から、『永遠の物語』。  

以前にもまどマギ見て泣いた覚えあったなーと思ったら。
早いもので、前のまどか記事から1年が経っていました。

現在、柏のキネマ旬報シアターでまどかマギカの劇場版をリバイバル上映しています。
今週の金曜日(明後日)までが前後編、そのあと来週から新編。

行こう行こうと思いつつ、やっと行けるようになったのが今日。
でも!一番好きな前編は時間的に無理!後編だけじゃ。。。と思ったのですが、今日は大安の七五三。
記念式典というか義理ごとというか、自分の人生に決定的な影響を与えた少女たちの物語の5周年を寿ぎに行ってきました。
後編だけを見るのは、とてもとても久しぶりのように思います。


CIMG5896_convert_20171116090923.jpg





結論というかなんというか。
面白く無くなった部分があり、新たに面白いと感じた部分があり。
見に行ったことでほしかったものは手に入って、この5年で欲しかったものを手に入れていたことも実感しました。
見て「うん、明日も頑張るぞ!」と素直に思えたので、名作なんだと思います。

物語としては出がらしというか、出汁が出きってしまった後の鶏ガラというか。
画面の中の人たちはやっぱり子供で青臭いことを言っていて、その”考察”ごっこに血道を上げていられた昔の自分は青臭かったんだなあとつくづく思いました。同時に、当時全力でやりきってよかったな、そのまままどか絡みの気になったことをすべて全力で拾いに行ってよかったなとも思いました。柏の劇場で富永冴樹さんとともに最前列のど真ん中で見てました。
さすがに平日なのでお客さんは20人弱。


以下、感想。
まず杏子。
今になって見返すと、まどかと共にあった戦いは、魔法少女・杏子の花道だったのだなと改めて思えます。
魔法少女を「普通の人間より劣った存在」だと思っていた杏子に対し、まどかは自分から距離を詰めます。
(ユニコーンと魔女のレリーフが、そのまま二人の心の距離の詰め方の物差しになっています)

「魔法少女の友達であろうとし、信じ続け、魔法少女のために涙を流し、命を張る少女」鹿目まどかを見る杏子の目は、まるで妹を見るかのようにとても優しい。この辺は前から思ってたことでもありますが、
新しく気付いたのは、まどかと共にさやかに呼びかけたとき、杏子が祈るような仕草を三度すること。
具体的には戦う前、まどかのために結界を張るとき、そしてほむらにまどかを託して送り出すとき。
ここで思い出すのが、前編で杏子がさやかに語った過去。
「人を導き時代を拓く者」のために戦うことも、妹のような存在を守ることも、魔法少女になったときの杏子がやりたかったこと、そのものでもあります。

でも力及ばず敗れかけて、有名な
「頼むよ、神様。こんな人生だったんだ。せめて一度くらい、幸せな夢を見させて・・・。」
というセリフを吐きながら奈落へと落ちていく、絶望まみれのシーンになる…のだけど、

では、祈りは届かなかったのか?そんなことはないです。
杏子が落ちきる前にカメラが映したものは、着地するほむらの足。
間一髪間に合ったほむらにまどかを託し、杏子が特攻をかける。

一見悲しいシーンなのだけど、杏子がまどかに希望を見出したことを考えれば、”幸せな夢を見させてくれ”という彼女の髪への願いは、ギリギリの所でかなったのではないでしょうか?

かくして、まどかという希望のバトンが最後のランナーに託される。


で、最終走者のほむら。
これまた有名な10話の「クラスのみんなには内緒だよ!」のシーン、改めて見るとこれが面白い。
というのが、まどかとマミが助けに来るシーンでBGMもマミさんのテーマなんだけど、顔がアップで映るのがまどかだけ。二人登場でまどかが右から振り返ってるわけだから、絵的にはまどかの直後にマミが出てきても良さそうなものだけど。
なぜそうならないのか?つまりはほむら目線だから、ということなのだと思います。

そのまどかちゃんもあっさり死ぬわけですが、彼女の台詞回しも面白い。
この辺はここで書いています。
まどかマギカ劇場版ショートコラム(8) 1周目まどか、最期のセリフのナゾとは?

まどかちゃん、負けることを全く考えてない。
彼女のこの自信はどこからくるんでしょうね?
「ほむらを助けた」ってだけでは弱いように思う。


で、これはもう作り手の人が考えてなさそうなことなんですが
見滝原の中学生、揃いも揃ってめっちゃ優秀です。
かの中学校の授業内容への考察って実は少なくて(教師でまどマギ好き多そうなのに!)、前に見たら2サイトくらいしか扱ってなかったんですが、

レベルが超高校級じゃないや超中学級です。御三家より普通に上行ってます。
灘だとどうなんだろう。。。。とりあえず、見滝原中学に入れる子は世界のどこに行っても最高レベルの学校に行けます。

私の大好きな「ほむらの過去を1発で解するまどか(=11話でハグした際、ほむらの話している内容の大筋をまどかが1発で理解している件)」にしても、もう、わけわかりません。
あんな優秀な子供いねーよwww大人でも少ないよw

よーは、まどマギの”少女”って”大人が考えた理想の少女”だよね、とは思うわけです。
それは置いといて、現実レベルで考えると見滝原は恐るべきエリート校です。慶応が軽く吹き飛びます。
「準備運動で息切れなんてw」と揶揄されていたほむらは、実は他校では普通にできる子で、準備運動の段階で実力を全部出し切っていたのかもしれません。マンガだとたまにありますよね。そしてまどマギはマンガです。


というのが、「なにもできない」はずのほむらちゃんからして、時間遡行の各周回で長足の進歩を遂げています。
2周目で爆弾を開発。
3周目で銃を使うようになり、あっという間に百発百中まで腕を上げる。
4周目で重火器を使えるようになり、体術が大きく進化。
劇中の周回では”布陣”の概念を会得しており、一人で文字通り百人力の大活躍。

やばいです、この人。
成長速度も半端じゃないし、向上の意欲と実行力が凄まじい。
現実ベースだと、ほむらみたいな子は何をやっても結果を出します。出すまで努力を惜しまないから。
そんな子の心を最初の1日で折っている見滝原中学校、レベルは推して知るべし。

それ”も”踏まえてまどか達を見ると面白いのが、まどかはもろにエリートというか貴族というかキャリアというか、「持つ者」として力をどう使うか、ということを考えている。考える余裕がある。
他の魔法少女たちは力を持たざるを得ない状況に追いつめられて、力を得てからも力を持ったことに追いつめられている。
杏子が言った「何不自由ない生活をしている者」は、そういう生活を送っているからこそ、気まぐれではなく本気で何かに打ち込んだときの底力が変わってくる。

一方、叛逆まで踏まえるとほむらは叩き上げに近いなーと思います。
最初は状況にひたすら追われるだけなんだけど、不屈の心でのし上がり、欲しかった者を取り戻す。
でも、ほむらも動き方が「腕に相当の覚えがあったけどプライドを折られた人」っぽいのですが笑

この辺りのまどかとほむらの差は、家庭の問題とか学習環境の問題もあるように思います。
ほむらちゃんは肝心な時にビビって盾を頼っちゃう人だし。
例えば4周目、盾ではなく自分の体術を信じていれば彼女はまだまだ粘れてます。



キュゥべえとの契約を”権力”に置き換えても通用する話だよなー、とか思いながら見ていました。
それにしても劇中のキュゥべえ、人類の何を見ていたんでしょうね。
小池百合子さんみたいな人が魔法少女だったら徹底的にしゃぶり尽くされてそうです。

小池知事に限らず、キュゥべえが悪そうに語るセリフやら魔法少女達が深刻そうに語るセリフやらはここ5年の現実が軽く追い越してしまっていて、私も今回見ながら「人生で後編を見られるのはこれが最後かもなあ〜」とか思って見ていたりしたので、スクリーンの中の景色は子供時代の運動会の記録映像を見ているかのようでした。
てか、生身の人間の方がインキュベーターよりよほど怖いよ

また面白かったのが、叛逆の知識を持った上で見ると、ほむらの気持ちの流れとかキュゥべえの動機付けなどがスルスル綺麗につながっていくこと。まーよくできてますしよく繋げてます。ああこうなのか、と納得できる。
そういえば叛逆公開以降に後編見たことなかったなと、改めて実感しました。

「後世から振り返る」でいくと、後編が味気なく見えたのはマギレコを知ったからでもある。
純粋な脚本の出来では、マギレコの作り手の方が腕がいいと思います。
では、オリジナルのまどかの勝る要素はなんなのだろう?
まずはタイミングなのかなあと思います。つまり、天の時を得ていた。もちろん、天命は人事を尽くした後にくるものでもある。



最後は、まどかちゃんとほむらちゃんについて。

天才肌のまどかと、努力する秀才型のほむら。
”叛逆”ではついにほむらが軍団を手にしていました。
そこでハタと思う。

悪魔ほむらとアルティメットまどかがコンビを組んだら?

つまり、
column10A.jpg
column10C.jpg

のアップデート版です。
お互いに大きく成長して自分の使い方をわかった段階で、二人がコンビを組んでいたら?
ほむらの敷いた布陣に基づいてアタッカーのまどかが動くとか、もうやばいんじゃないかと思います。
悪魔ほむらであればまどかという戦力を適切に使いこなせるかもしれないし、
それでも、ほむらの予想を超えた反応速度で速攻をかけるのがまどかなのだと思います。
一度組んでコンビを機能させてしまったら、ほむらはその快感から抜け出せないんじゃないかな?

そのコンビは、劇中ではまず実現しないであろうものだけど。
人生なんてそんなものかもしれません。


ってか早乙女先生は秘密漏らしすぎ。
&まどかのお母さんって昔何やってたんでしょうね。ヤンキーとかやってたんかな。

また、東海大学の志水先生の講義やマギレコなどを踏まえてみると、なるほどまどかとほむらは節目節目で彼岸と此岸の間の「橋」を渡ろうとしていたり、異界との間に「門」があったり、まどかが魔法少女に深入りしていくときは水だけでなく「水鏡」での上下反転で姿が映されていたり。

年齢や立場が変わったことでと見えるものも違ってきて、何より背景となるこの世界自体が大きく変わりすぎて、
見ているうちに後編に触れた後の5年間やら、それを踏まえての今の所感などが色々溢れてきて、
自分の失ったものと得た者をそれぞれ感じ、まー面白い経験でした。

まどかマギカを見るということはまどかマギカに関わった自分を振り返って見ることでもあって、アルバムのようなものでもあり、鏡のようなものでもあり。

そこに映った自分の過ごしてきた時間にそれなりに満足がいったから、この先も頑張ろうと思えました。


何より、
人生のある時期にひたすら無心にまどマギに打ち込めることが許されていた時間があったことは、とても幸福なことだったんだなとしみじみ思います。
何事に対しても、今いる人たちとの関係や今打ち込んでいる対象との関係にしてもそうだけど。


ということで、締めはこちらで。














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