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結城友奈は勇者である 12話「貴方に微笑む」感想   

とりあえず最終回見終わりました。

あっけにとられてたのでちゃちゃっと済ますつもりが、ガッツリ書いています。




「えっ結局何が起きたの?」
「アカメ見といてよかったな」
「てか失速したな」
が正直な印象でした。9-11話までが怒濤の盛り上がりだったので、

・全員満開で花の形になり、勇者部そろい踏みで反撃
・今までとは逆に、東郷が友奈の車椅子を押す
・全員の復活
・全員最後歩いてのED
・全員でのうどんのシーン
・夢オチにも見える、劇の最後のシーンの描写
・続編を示唆する、「結城友奈の章」の表示


あたりが、かなり、詰め込みというか空虚な印象でした。
ああうん、定番は押さえていると思う。この作品は最初から定番を正攻法で押さえてきていた。
ただ、今までがじっくりタメてきた分、最後の駆け足が勿体ないなーと思いました。

続編があるのは良いんだけど、そもそも続編を見る気になるか?が、かなり微妙です。
問題が根本解決していない。

友奈がいきなり障害もって数分で解決って。。。今までのアレなんだったんだよ!
とか、それを2期に投げるなよ、とは思


とか書きかけて、気付きました。
この話、“新日常系”でしたね。その視点で見れば良いのか。

つまり、
勇者部の日常が世界の都合だかなんかに脅かされる。
巻き込まれて色々めんどくさいことになって、メンバーにも怪我人が続出したり中で喧嘩が起きたりしてチーム存亡の危機になる。
けど、最後は仲直りして全員一丸になって仲良しパワーで日常を取り戻す

そういうお話。
別に勇者システムである必要はなくて、世界の都合でも国の独立でも戦争でも何でも良いと思うんです。

確かに一見世界の危機とかの方が大事なのですが、結局は一緒にいる仲間達と日常をどう過ごすのかということがテーマなのかな、と思いました。
「日常」とか「部活」の観点で行くと、たまたま勇者部って名乗ってたから、甲子園とか全国大会の代わりに異星人?との神樹杯争奪戦になった、といったところでしょうか。

物語セカイの答え合わせとか求めると大変なんだと思います。
怪我しててテーピングとか痛み止めで誤摩化してたエースが、決勝のシュートを撃つために無理矢理身体動かして最後に決める、程度の理解で見てると面白いんだと思います。みんなやたら熱かったし。

強いて言うと、「勇者部」が「日常の中の勇者」と「世界を救う勇者」と二つの意味合いを持ってしまうことが問題なのかも。「勇者部の日常」以上の期待をしてしまったし、させるような誘導があったとも思います。


でも思い直して、「満開」とか「散華」を「必殺シュート」あたりに変換し直すと良いのかなと思います。
夏凛も勝つために無理押して必殺シュート4連発でボロボロ。
友奈も限界超えて必殺シュートを撃ちまくって選手生命が絶たれかける、みたいな。

神樹とか大赦のカラクリは作り手がまだまだ引っ張るつもり満々に見えるので、当分新たな情報がないのではないでしょうか。何でみんなが治ったのか、とかも。

ただ。。。勇者が反乱起こすわ反乱鎮圧部隊が仕事ボイコットするわなので、大赦も神樹様もシステムの見直しの必要を感じたのだと思います。(大赦は相当頑張ってシステムを進化させてきていると思います。)


「おおおお!」だったのは
友奈復活の際に風が吹いたこと。

先輩の名前が風なのも、最初に風をおこす、の意味がある、みたいなことをちょっと前に友達と話していたのですが、「風キター!!じゃあ復活来るな!?」と思ったらホントにあっさり復活して微妙でした。
でも、あの風のワクワク感はやっぱりこの作品だと思います。

あと、ちょっと面白かったのが
友奈の復活の理由を、神樹様の奇跡ではなく気持ちの力と友情パワーの結果として説明していること。
これが他のメンバーや園子の復活にも当てはまるのかは、なんともですが。
てか何ヶ月も答え待ってられないよバカバカしいw
この先見返すかどうかは非常に微妙です。


と、かなり微妙でしたが。
このアニメ、疾走感はよかったです。
声優さんの演技の素晴らしさ、熱さと音楽、美しい映像。全部相まって、「いっけええええええええ!」というノリで今日まで楽しめました。


さて、
ここまで1週間、このアニメに本気で追撃かけてよかったなと思った点が最終回にありました。
直後のあざとい夢オチみたいな動きで何割減かされましたが。
でも、結局この部分言いたかったのかな、と思います。


つまり、最後の人形劇。

「ああ『アカメ』と同じこと言ってら」
と思いました。

特に風先輩の魔王とのやりとり、とてもよかった。
タカヒロさんはこういうことを考えてこの世界を生きている人なのかな、と思いました。
以下、フウ魔王とユウナである結城勇者のやりとりを書き起こしてみます。



ナレーター東郷
「勇者は、自分がくじけないことがみんなを励ますのだと信じていました。
 そして、みんながいるから、みんなを信じているから、自分は負けないのだと。」



フウ魔王
「結局、世界は嫌なことだらけだろう!つらいことだらけだろう!
 お前も、見て見ぬ振りをして堕落してしまうがいい!
 あがくな!現実の冷たさに凍えろ!!!」


ユウナ勇者
「そんなの、気持ちの持ちようだ!!大切だと思えば友達になれる!
 互いを思えば、何倍でも強くなれる!無限に根性が湧いてくる!
 世界には嫌なことも、悲しいことも、自分だけではどうにもならないこともたくさんある
 だけど、大好きな人がいれば、くじけるわけがない。あきらめるわけがない。
 大好きな人がいるのだから、何度でも立ち上がる!
 だから、勇者は絶対、負けないんだ!」


モロ、アカメとテーマが被っています。
「大好きな人と一緒にいる」ことがタカヒロイズムの根源ぽいです。
世界の都合より優先されるのもむべなるかな。
大赦とか神樹とかの理屈も、多分どうでも良いのだと思います。
人間にとって大事なのは、結局身の回りの出来事なので。

ーどんなことが起きようと、人生の価値は誰と過ごして何を共有したかで決まるー
という価値観の共通を感じました。

アカメ的に補足すると、ここに
「誰もが生きたいと願っている!誰もが生きたいと願っていた!」が入ります。
みんなが生きたいと思っているのは大前提。消えたいとか死にたいと本気で思っている人はいない世界。
これは、他のアニメと比較する際に大きな違いになってくるのかもしれません。

こうして考えてくると、セカイ系を踏まえた上で、自分がどう生きたいか、誰と生きたいかによって選ぶものも”日常”たりえて、大事な人と共有したその日々こそが人間の基本なんだ、というのが「新日常系」ってことなのかなーと思います。

『アカメ』と『ゆゆゆ』を踏まえて考えると、
戦場だろうとセカイの危機だろうと、楽しい日常はあり得るわけです。
日常を作るものは平和な環境ではなく、志と仲間だから。

で、勇者=人間(友達)を最後まで諦めなかったヤツ、です。
『アカメ』と『ゆゆゆ』の違いは、誰とでも友達になれるかどうか。

 
まどマギとの比較はむっずかしいですね。
孤独の救済を描くのかチームの日常を描くのかなので、似て非なることをやっていると思います。
しかも、『ゆゆゆ』の方は出されていない情報があるので、判断材料を欠きます。
現段階での比較の意味、あるのかなあ。
「12話でまとめ切れたかどうかがとても大きな条件である」位しか言えないかも。
気が向いたらまたやってみます。今夜はひとまずここまでで。







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