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陳慶之はなぜ強かったのか?  

あんまり裏取ってません。歴史上の出来事なので多分真相もわかりません。
誰も指摘してなかったんで書いてみます。

中国に陳慶之という人がいます。中国が南北に分裂していた南北朝時代の6世紀の人です。
田中芳樹やKOEIの三国志のファンだったら知っている方も多いと思います。
7000人で北伐(大遠征)して洛陽落としちゃった人です。
北伐中も殆ど負けてなくて、50回以上戦って勝ったとか、2つ桁が違う30万の軍と戦って勝ったとか無事に江南に戻ったとかいろいろ武勇伝があるんですが。

はい、

彼は何で強かったのか?
彼は何をしたのか?


ちょっと、気になりました。
人間の限界が気になった、というべきか。

あ、裏そんなに真面目に取ってないので話半分で。考察とか名乗るのはおこがましいです笑
あと、歴史モノなんで「なにものでもない」人間が一生懸命考えても多分真相には行きつかないです。
21世紀に生きる僕が僕の知ってる範囲の経験と知識で、彼の強さのナゾに迫る。それだけです。


「陳慶之」「白袍隊」あたりで検索した結果と、ここの記述を参考にしています。

気になる人は『梁書』巻32 列伝第26と『南史』巻61 列伝第51に色々あるみたいです。
研究してる先生もいらっしゃるのかもですね。


陳慶之さん、「ちんけいし」と読みます。中国の南北朝時代の梁の武将です。
ヤン・ウェンリーみたいな人です。本人の戦闘能力がとても低い。馬も弓もてんでダメだったそうです。
でも戦争が強い。とにかく強い。数倍の兵力差でもガンガン勝ちまくります。
で凄いのが、僕の知っている限り唯一、南朝で洛陽落とした人です。
中国はよく南北で戦うんですが、南船北馬といって北は騎兵ぶん回す連中が強くて、その人たちが船メインの江南(イメージ的に淮河以南)でどこまで頑張れるか、で大体歴史が決まります。

基本、北が南をしばきまくる、と覚えておけばまず間違いないです。平野で喧嘩したら北が勝つので。
南は北が攻めてくるのを派手に撃滅するくらいしか見せ場がありません。
調子に乗って逆に攻めると深入りができません。

僕が知る限り唯一深入りしたのが、この陳慶之のとき。
この陳慶之さん、中国の歴史なので誇張あるんですが、7000人でのべ百万人くらいを相手にして殆ど損害なしで勝ちまくってます。城抜きまくるわ大都市落とすわ(三国志で有名な虎牢関も落としています)十万単位の相手に追撃食らっても逃げ切るわ。。。

ありえません。

コイツ、何したの?というのがふと気になりました。
どんな魔法を使ったの?ねえ?


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奇跡も、魔法も、あるんだよ!


でも、魔法には必ずタネがある。

IMG_4277.jpg


だって、にんげんだもの。



陳慶之の強さのからくりについて、田中芳樹は「陣形の隙を見つけるのがうまい」と言っています。
確かにそういうのはある。孫子の兵法で言うところの「勢」。織田信長もこれが読める。
これできるとポーカーは強いと思う。
相手に対してほぼ確実に肩透かしが決まるし、相手が退こうとしたときに確実に殴れるから。

でも、それだけで可能なのか?
数回ならわかる。兵力勝ちしてるんだったらわかる。ホームグラウンドで戦ってるなら、わかる。
でも、アウェイです。敵も北魏って強い王朝のオールスターが出張って来てる。
しかも、侵略だけじゃなくて城攻めに城防衛に撤退戦までこなしてる。

敵もバカじゃない。いくらなんでも無理ゲーじゃね?
この謎なんなの?彼はどんな魔法を使ったの?という話。



だから

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奇跡も、魔法も、あるんだよ!



特に、彼の率いていた軍隊は南朝の軍だから、ほっとくと北の軍相手には不利なんです。
どんなに戦術が巧みでも、徒歩だけの集団には限界がある。

全部騎兵ならまだわかるんだけどなー。。。


と思ったら、全部騎兵でした。コレがからくり。
彼が率いていた7000人は白袍隊(白いマントの部隊)と呼ばれていて、全員が真っ白に身を固めていたそうです。
で、騎兵だったそうです。全員。ハイ謎解けた。

騎兵だったら話が異なります。数千いればそれなりのことができます。これはモンゴル帝国がよく示しています。
相手が10万いようが、完全に囲まれるか飢えるかしない限りどうにかなる。

いや、南朝が数千単位の、それも将の意思を完全に受けて動ける騎兵軍を編成できること自体凄いと思うんですが。
ネットでサクッと見た限り、陳慶之さんは結構勇ましい人で、のるかそるかの博打を結構打ちます。
その時何をやってるか、というと、とにかくサッと殴ってサッと退いてる。
その時の兵、どうも騎兵だったっぽい。全部は検証してないけど、単位が「騎」なわけで。
彼が大打撃を受けるのは、歩兵を抱えているとき。

「陳慶之スゲー」って彼の仕えた梁でも評されるんだけど、その比較対象の面々が騎兵の将なんです。
「『梁書』には廉頗・李牧・衛青・霍去病に次ぐと記され、その将才を高く評価されている。」(wikiより)

廉頗と李牧は戦国時代の趙で名を轟かせた人。当時の趙は騎兵が強かった国です。
(二人とも『キングダム』に出てきます)
衛青と霍去病は前漢の時代に対騎馬民族で名を馳せた人。どっちも騎兵使いです。

なお、同じwikiに毛沢東が陳慶之を高く評価した、という記述があります。
この部分は後述します。

ということで、この人は騎兵の運用に天才的なセンスを持っていた人なのかな?
&彼が育て上げた白袍隊(子飼いの7000)が熟練の精鋭だったのかなと思いました。

これは彼がいたのが南朝だということを考えると稀有なことです。
北朝は異民族王朝も多く、北魏ももともとは異民族の打ち立てた王朝です。騎兵が強い。
まー彼らにしてももっと北の別の異民族の騎兵に圧迫されるわけですが、とりあえず漢人、特に南人よりは強かったはずです。

その連中相手に、南朝の騎兵で勝ちまくる。
馬の質で負けてはいていただろうし、江南と中原では水も食べ物も風土も異なっていたはず。
騎兵同士の戦いで先手を取るのも大変だったと思います。

でも、もしかしたら馬の問題ではないのかもしれない。
現地調達の馬でも慣らして戦えるような乗り手であれば。
陳慶之の戦いはヒット&アウェイで、あまり重い荷物を抱えて動いた形跡がありません。
必要なものを結構敵地で賄っています。

もしかしたら、どこでもゲリラ戦をできるような軍隊だったのかもしれません。
よーは特殊部隊の集団です。全員忍者みたいなモン。

そんな軍が7000人の規模でいること自体が「ありえない」のですが、世界史レベルの名将が半生を費やして育てれば、そのくらいの子飼いの兵団はできるのかな、とも思います。
結果として、彼の軍は騎兵負けをしなかった。コレが大きいのかなと思います。
何か一つ「この形に持ち込めば勝つる!」があれば、なんとかなる。


さて、特殊部隊として考えると、陳慶之の軍が北伐の終わりに壊滅した戦いや、白袍隊がなんで白袍だったのかも別の見方ができます。
陳慶之の軍、「歩騎数千」のときに30万の敵に捕捉されて四散して陳慶之自身も変装して難を逃れています。
これで北伐の主力がいなくなり、梁の北伐は失敗します。

でも、コレ、「壊滅」なのかなあ?
洪水で全滅したとか捕捉されて殺されたり散じたとか3000まで減ったとか言われてるんですが。。。
洪水だと、討ち取られたわけじゃないよね?
陳慶之といえば白袍、で有名だったらしいのですが、逆に言えば、白を着ていないと陳慶之軍と見なされないということでもあります。

敵は陳慶之の主力の白い軍団を狙ってくるわけで、各人バラバラに白以外の服を纏って逃げたら、さて捕まるのでしょうか?
白が目立つ、ってことは、白以外を纏って動いてた時もあったんじゃね?とは、考えてしまいます。

相手の隙を疾風のように襲える名将の、手足のように動く軍隊です。
単純な裏をかくくらいなら、兵卒レベルでも徹底できてる気はするんですよね。
ってか、死体に白袍着せれば逃げられるわけだし。。。。。
(赤坂落城の際、楠正成がそうやって兵を守ってます。)


では、陳慶之はどこがすごかったのか?
まず想像力だと思います。
自分が求める勝利の形がどういう物で、そのためにはどういう兵が必要なのか、を想像できること。
つまり、彼の眼と頭脳についてこれて、敵の反撃よりも早く逃げ切れる軍隊です。どんな敵相手でも、どんな場所でも。
これ、今を生きる私たちだと、若干楽に考えられます。資料が多いから。

でも、陳慶之の生きていた時代にはネットがないし、北の異民族の騎兵の強さもそんなに多く知る機会はなかったはずです。
中原の地形、気候、風土などのナマの情報も限られていたはず。いや、南朝の中枢にはいたから、南朝の中では一番得やすいポジションではあった(=同時代人の中では北朝の高級幹部に次いで情報を持っていた)はずですが。

イメージ通りの軍隊ができて、実際に戦う戦場が自分のイメージ通りなら、戦いはかなり有利です。
彼の北伐時、当初は敵も南朝の騎兵軍だけでの侵攻は想定していなかったろうから、若干の有利があったと思われます。
でも、敵もバカじゃない。本腰を入れられると、その先は別の知恵が必要になります。

陳慶之さんの戦い、激戦はあっても損耗があまりない。っていうか数百死ぬと大損害ですし。
ということは、オール騎兵だっただけではなく、敵を先に発見する、敵の意図を先に知ることが必須になります。
これ、敵地でも情報が常に収集できてないといけないし、敵よりも逃げ足で劣っていてはいけない。
また、飢えたり射程で負けることも望ましくない。

となると。。。
敵地で敵を先に発見できていることが大前提になります。で、恐らく多くの状況で敵より速く動けているはず。
陳慶之の敵手には「胡騎」数千がいたこともあったので、こちらが騎兵オンリーというアドバンテージは段々崩れます。
でも、情報の有利は覆らなかったのではないか?
というより、数負けしてアウェイなので、位置掴まれて囲まれて先手取られたらまず無理です。
元の兵が少ないから、千失っただけでも次の作戦に支障が出るでしょうし。


。。。それ言い出すとローマ領のイタリアで十数年粘ったハンニバルすげえなという話になりますが。。。
ただ、彼は「ローマが一会戦で動員しうる最大規模の兵士を一撃で木端微塵にできる」兵数を常に抱え、拠点都市も持っていました。いざとなったら正面から敵を殴り倒して突破ができる。いちおう。
陳慶之は7000しかいないから、その手は使えない。

ということで、陳慶之の名将たるゆえんのその2は、諜報力や兵站力だったように思います。
っていうか、現地人を敵に回さないで軍隊をマネジメントする能力。だから、このヒト内政や反乱鎮圧でも優秀です。

毛沢東が陳慶之を評価したのはここだったのではないでしょうか・
毛沢東も敵地の中長駆して長征を成した人だから、陳慶之の仕事の意味は誰よりもわかるはず。


彼の軍は7000と寡兵なわけで、お財布に優しい。
北伐時には「北魏の正当な王族を帝位につける」という大義名分があるので、軍を飢えさせないようにうまく使ったのだと思います。
先の「軍隊が白かった」ってヤツ、これ、プロパガンダとしても使われたんじゃないかなあ。
「何々王族来た?えったった七千?一万いないの?wwwそれで何すんの?www」
→「え。。うそ。。。あなたたちそんな強いの?まるで神様みたいだねアイヤーあなたたちならどんな奇跡でも起こせるっ!
  飯でもお金でもどんどんもってっていいよ!(で勝ち馬に乗らせてね♪)」
とかは、あってもおかしくないと思います。白くて神がかって強い軍隊、となったら神兵とか言って喧伝すれば敵が勝手にビビってくれるだろうし。
そうなると、敵も白い軍団をマークするだろうから、「白くない」部隊も動きやすかったのではないでしょうか。

「白くない」裏方が深めに警戒線を張って情報を取っていれば、主力の白い軍団が敵と戦うときは常に情報で先手を取れます。もし万が一自分たちより足が速い敵が出てきても、先に相手の存在を知ってチェックしていれば撒くことはできる。
※撒けない局面が一度だけあって、その時は目の前の城を力攻めの速攻で落として、後方の安全を確保したうえで迫ってきた連中を粉砕しています。



では実際の戦闘で何が強かったのかな、というと、恐らく呼吸を読む能力なんじゃないかなと思います。
戦場の雰囲気の変わり目が読める人。逆に言うと、変わり目を読んだ時に適切な一撃を浴びせることから逆算して軍隊を作ったり、戦略を組み立てていたのかもしれない。

はい、もう一つ、すごかった点が出てきました。想像力を実際に軍の形で結実させたこと。
部下をいたわって能力を十全に発揮させた人だったらしいです。
こういう人だから、部下の名前全員覚えてたりもしたんじゃないでしょうかね。
逆に言えば、兵を編成する段階から適性ある人を篩い分けて育てていったんじゃないでしょうか。
皇帝に仕えた最初の段階から私兵を集めているので、そのつもりで育成すれば不可能ではないと思います。


まとめると、陳慶之さんはグランドデザインが凄かった人。
で、その結果として生み出されたレンジャー騎兵部隊・白袍隊がハンパなかった。


白袍隊の凄味は、わかりやすく言うと「どこでも透明になれる」ことだと思います。
それが敵地であっても。これは、敵地でばらけても生還できることも意味します。
工作隊みたいなもんなんですが、怖いのが、この軍は戦闘能力が高い。
真っ向勝負でも北魏の精鋭を退ける力を持っていました。
ガチンコの殴り合いで軍として強いニンジャマスターと考えればわかりやすいかも。
ただ、記述で兵の数が合わない場合があったりするので、騎兵として強い部隊と工作もいける部隊は分かれていたかもしれません。7000人全員がスーパー忍者と考えるより、500~1000人くらい騎兵としても動ける工作員がいた、と考えると現実に近いのかな?


さて、こうやって言うのは簡単ですが、見たこともない戦場、起きたことのない状況を想定し、あらゆるものに耐えられるようなスタッフを7000人選んで自国では想定しづらい訓練を施してプロジェクトを成功させるって、うーん。。。

陳慶之さんは囲碁が得意だったらしいんですが、自分を取り巻く世界がどういう盤面かも把握して、必要な石をピックアップして適切に攻略しちゃったわけです。

人間をよく知っていないとできない。
中華をよく知っていないとできない。
馬をよく知っていないとできない。
戦争をよく知っていないとできない。
処世をよく知っていないといけない。

このヒト、よく勉強したんでしょうね。本でも実地でも。


単純に7000で神がかった用兵だけで数十万を退け続けたとは、僕には思えません
そんな奇跡や魔法はないと思う。人間の限界を超えている。
でも、そうできる仕組みを何年も何年も描いて作るのは、人間にはできるのではないか?そう思います。


なお、北伐で彼の白袍隊はしたたかに打撃を受け、白袍隊は梁国でも陳家でもなく、あくまで陳慶之個人のみと紐づけられて歴史に残ります。つまり、ノウハウとしても組織としても残らなかった。傑出した個人にしか扱えないシステムだったのかもしれません。
或いは、日本の武田の赤備えみたいに、どこかの王朝の誰かの下で、別の形で生き延びたのかもしれませんが。


以上、中国史のミラクル・ヤンこと、陳慶之と白袍隊の実像に迫ってみました。

ただの7000でだだっ広い敵地に放り込まれて勝ち残れるはずはないんですが、これなら何とかなるかなと、自分なりに納得した結論。














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