Blinking Shadow ホーム » スポンサー広告 » まどかマギカ »まどかマギカ叛逆の物語感想その12(バレ注意) 7回目雑感、彼女の赤いリボン。

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

まどかマギカ叛逆の物語感想その12(バレ注意) 7回目雑感、彼女の赤いリボン。  

よーやっと7回目8回目を見てこれました。
終電の関係で8回目はほむらが魔女だと悟る時点で抜けたから、正確には7.5回。
いやオッソロシイですねこの映画。寝るチャンスさがしても寝かせてもらえない。
っていうか7回目は尿意すら忘れてました。そろそろ基本知識ないと厳しいかなと思います。
魔女文字とか元ネタのバレエとかそれぞれのモチーフの意味とか。


今回は雑感と、今までの書き洩らしと、答え合わせ。。。をしたかったんですが、そ、の、前、に


赤いリボンのお話をしてみようと思います。
割と垂れ流しです。質は伴ってないかも。

りぼほむ



なお、私の今回の視聴はいくつか、バイアス(色眼鏡)がかかっています。
1:ほむらがまどかと同じくらいに成長した人間である(以前に何度か書いています)
2:ほむらはまどか殺しを自分の原罪だと思っているのではないか?(ここで書きました)
3:『ルミナス』の映像の段階から、ほむらの造反の意思が見て取れる(ここで書きました


つまり、『永遠の物語』終了後も魔法少女として戦い続け、マミや杏子とも交友して強くなった人間の葛藤を前提に見ていました。
そのつもりで見ると傍証があるけど、私の前提が正しい保証はありません。

前半のナイトメア退治、ほむらが自分の強さや満たされていた自分を自覚したうえで、「過去に戻れたら」、とか、「今の私(たち)なら」という悔いの総決算と考えると面白かったです。

もし、杏子とさやかが友達として共闘できていたら?
もし、マミとまどかがフルパワーで共闘してラスボスを殴れていたら?
もし、まどかやさやかが生きて、自分たちの輪に加わっていたら?

『永遠の物語』後の魔獣のいる世界でどうだったか?といえば、さやかは杏子と友達になってすぐに死亡しています。
まどかは存在が消されています。
マミ、杏子とほむらの3人が絆を深めるほどに、「もし彼らがいたら。。。」と思うところはあったのかもしれない。


また、ほむらの“原罪”はまどか殺しで確定です。
魔女やまどかのことを思い出すとき、今までの魔女が出てきますが、まどかを殺すシーンだけ省かれています。
巧妙にまぎれてるけど、実は、この部分だけがすっぽりない。


関連して、Misterioso(ミステリオーソ)がかかったときも注視してみると面白い。
クーほむがリボほむのシルエットに銃を突きつける。

ほむらの「原風景」では、倒れているのは髪が解けているほむら。
これはリボン見えなかったからクーほむ。手には青いソウルジェム。

まどかとの触れ合いが面白い。
まどかがどこの時空のまどかにも該当しない、というのは以前にも書いたけど、「誰が誰を撃ったのか」が見事にぬけています。遺言を残そうとしているシーンがあったり、死んでいたり。
つまり、まどかがどこでどうやって死んだのかが、あのシーンではわからない。気が付いたら死んでいます。
「交わした約束」もコネクトも全否定されています笑


関連してルミナスぽい草原のシーン。
もともとの『ルミナス』では草原でまどかが頬ずりするのはクーほむです。
でも、今回はめがほむの目の前でまどかが消えていく。
ほむらはクーほむになって追いかけるんだけど、届かない。だから悔しがる。
悔しがるクーほむを見下ろすのはめがほむの群れ。

クーほむとめがほむは何が違うのか?
劇中の描写だと、身体能力であり覚悟であり、それに伴った戦闘力。
Twitterの元談義でもあった話。ほむらはめがほむのことを躍起になって否定したい模様。

じゃあプエラマギ・ホーリー・クインテットは何だったの?って話ですが、あそこのほむらは強くてニューゲーム状態です。
「今の私ならあの時の条件でもこうできるのにな」という後悔があったのかな、とは思いました。

「こうできる」。
たまたま出てきましたが、これは大きなポイントです。
仕方ない、ではない。あの時、今の自分ならこう「できた」。
今回改めて見返して感じるのは、ほむらのこうした意思です。
私はバイアスがかかってるから、実は違うのかもしれないけど。

また、ほむらが自分が間違っていたと感じるのは、神まどかのホンネが「つらいのに我慢しているよ」だったことを知ったから。これはほぼ確定だと思う。
でも、ほむらが自分の責任を感じるのは、まどかが神になるのを止めなかったことではない。
「交わした約束」を受け入れて時間を重ねまくって、自分が因果の原因を作ってしまったことの方を問題視している。

これは傍証がふたつあります(私もフォロワーの方に指摘されました)。
ひとつが、ほむらはまどかのことを思い出しているのに、「ニセ見滝原にあり得ない存在」の中にまどかをカウントしていない。
本来、「あり得ない存在」は4つなければおかしいものです。
なぜ、まどかを省いたのか?

まどか=自分が殺した相手、と見ているのではないか?というのが私の仮説です。
というのが、まどかを思い出した時、前述のように殺したシーンが記憶の中に出てこないから。
言い換えれば、ほむらにとってのまどかは、「神になるのを止められなかった相手」ではなく、「自分が死なせてしまった相手」。
微細な違いですが、ほむら自身の成長を考えると決定的な差のように思います。
これはプエラマギ・ホーリー・クインテットの世界にも絡む。

ほむらは、「今の私なら。。。」と悔やんで戻りたい「あのとき」を明確に持っていた人間のようです。
でもそれは、強くなって余裕ができたからこそ言えることでもあると思う。

もうひとつの傍証が、ほむらの夢の中には一切赤いリボンが登場しないこと。
確かにまどかはリボンをつけているんだけど、ほむらの記憶に紐づけられる形でリボンが一切登場しない。
お花畑のシーンでも、ほむらを時の中に引き止めるようにまどかがつけてあげたのは、ほむらの髪留めの色違いの赤い髪留めです。

感動的なシーンだから見逃してしまうけど、あそこでリボンが出てきてもおかしくない。
また、記憶を取り戻して以降のほむらの戦闘力は恐らくリボほむのものです。『永遠の物語』までのクーほむとは段違いに強い。
でも、ほむらはリボンの自分を思い出しません。
これも、考えてみればおかしな話です。
リボンはまどかとの絆の象徴。他ならぬまどかに託されたものです。
なんで出てこないの?

これは、ほむらがまどかに言ったセリフとも関わるように思います。
「まどかのことを忘れかけてる、誰もまどかのことを知らない、寂しい」みたいなことを言ってましたよね。

雰囲気に流されて当たり前に受け入れちゃったんだけど、実はとてもおかしい。
だってそうでしょう?まどかから託された現物があるんですよ?

「まどか誰?」「このリボンくれた人。大事な友達。この人の遺志を継いで戦ってるの」で説明できるはずです。
少なくとも、『叛逆』の劇中での巴マミと佐倉杏子だったら、この説明で通ると思う。


こうして考えてくると、『叛逆』の真相が見えてきたように思います。
ほむらにとって、リボンをつけていること自体が次第に苦痛になっていったのではないでしょうか?

その苦痛が、
まどかを殺したことがまどかによって許されたから、なのか。
それとも、まどかを殺してしまったような人間がまどかに託されたものをつけ続けている事実、なのか。
これは、今の私にはわからないです。

恐らくは前者だと思う。ルミナスやカラフルの映像を思い返す限り。
OP映像では、ほむらはクーほむとして、許せなかった自分に決着をつけようとしています。
これは『叛逆』本編でも同じ基本スタンス。

そういう後悔が出てくる=強くなった証左、ではあると思いますが。

もうひとつ面白いのが、悪魔ほむらがまど神のことを「神にも等しく聖なるもの」と形容していること。
確かにまどかは神だしウロブチ節もあるんだけど、コレ、ほむらのまどか観にあったんじゃないかなーとも思います。

ほむらにとってまどかは一種神聖な存在。でもほむらが契約で求めたホンネの願いは対等な関係。
リボンの存在は、実はほむらにとっては重荷になっていたのではないか?とも思います。
まどかの象徴なんだけど、だからこそ、ほむらの自立を阻害する。

叛逆の物語は、「まどかマギカ」の物語と、暁美ほむらがリボンから自由になる物語なのだ、とも思います。

ここまで踏まえると、『君の銀の庭』がキます。
手を取って走っていく二人は、もうどちらもリボンをつけていないから。

まどかもほむらも、リボンから自由になったとき、少女から一歩自立した存在として友情をはぐくんでいけるのかもしれません。




上映館の情報はこちら













にほんブログ村 アニメブログへ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト

category: まどかマギカ

thread: 魔法少女まどか☆マギカ

janre: アニメ・コミック

tb: 0   cm: 6

コメント

返信ありがとうございました。
今回はほむらの原罪とリボンの描写について触れていたのでまた少しだけ。

本編初日と最終話のまどかリボンの印象が大きいためすっかり忘れていました。それはマミがリボンを拘束用として使用しているあからさまな描写があるということにです。叛逆視聴中でもなんら疑問も持たずに「また捕まってるよほむらちゃん!」って思ってましたけど・・・。

つまりリボンとは束縛の象徴となりうるもの。
ママの進言、さやかの指摘等しきりに「リボンとはかわいいもの」と刷り込まれる描写が初めからあり、それをミスリードとしてみると「リボン=束縛、拘り」という構図が浮かび上がります。
束縛とは煩わしいものですからほむらが苦痛に感じるのはなんらおかしなことではないわけですね。
ほむら本人は否定するでしょうが私の目に映るまどかとはほむらを縛り付ける呪いをかける魔女です。(決してまどか嫌いなわけではないです)
はじめは言葉で、次はリボンで。
本編も劇場版も叛逆も見返すたびに新しい面白さが浮かび上がって素敵ですね。

ゼットン #- | URL
2013/11/07 23:46 | edit

Re: タイトルなし

>>ゼットン様

ご意見踏まえてまどか三部作を振り返ると、「束縛」と「かわいい」は表裏一体なのかな、とも思います。
人間関係に拘束するものであると同時に、「他者から見える自分」をも規定します。
前作でもリボンは象徴的に機能しています。
人とのつながりにすがる心が破れたときに敗れるマミ、つながりを求めず自滅したさやか、心の奥底にあったつながりを解放して散っていく杏子、そしてまどかとほむらの関係を規定するそれぞれのリボン。
今作は、となると、各人この宿命のようなものから自立しているように思います。

これも含め、まどかとほむらの関係はとても大きなテーマだと思います。
「魔女」をほむらが各段階でどう受け止め、どう対抗してどんな答えを出してきたのか?
その答えとして見ていくと、三部作に通底するものが見えてくるのかな、とも思います。

コメントありがとうございました。

さわK #- | URL
2013/11/08 12:31 | edit

記事読ませていただきました。楽しかったです。
ちょっとだけ気になったのが

>>雰囲気に流されて当たり前に受け入れちゃったんだけど、実はとてもおかしい。
だってそうでしょう?まどかから託された現物があるんですよ?

「まどか誰?」「このリボンくれた人。大事な友達。この人の遺志を継いで戦ってるの」で説明できるはずです。
少なくとも、『叛逆』の劇中での巴マミと佐倉杏子だったら、この説明で通ると思う

個人的に、ここは素直にほむらの言った通りの気持ちでいいと思います。
まどか=自分が殺した相手が今回のキーなのは確かだと思いますが、それよりやっぱり大切な友達なんじゃないかなーと思います。
魔女化の際の、これがわたしの絶望、とともに閉ざされるまどかの入ったクローゼット。
ソウルジェムをにごらせきったのは愛でしたが、それ以前の段階では、やっぱりもうまどかには会えない。周りは誰も覚えてないし、わたしの妄想なんじゃないか、って考えたときの絶望はすさまじいと思います。
たしかにリボンでなんとか気を強く保てるかもしれませんが、そう思い始めたこころの闇の広がりはどんどん加速していってしまうんではないでしょうか。
たとえば、自分の大切なひとが世界から完全に消えて、自分だけが覚えたとして、上記のようなことを言って数人に理解をしめされたとしても、虚しくなってきませんか?だって、そのひとは、自分に理解を示してるだけで、自分の中の大切な思いを信じてるわけではないのですから。
永遠の物語ラストでも羽が濁っていましたし、自分がいくら信じようが、まどかが周りから認識されない世界ではほむらが絶望してしまうのも仕方ないのではないかと思います。
ほむらは、まどかに人間として幸せに笑っていて欲しかった。大切な家族や友達に囲まれて。
だから、わたしはそのシーン自体はとても自然な心の動きだと思います。

少し意見していましましたが、叛逆の物語考察、とても興味深く拝見させていただきました。
ありがとうございます。

にび色のソウルジェム #- | URL
2013/11/18 03:38 | edit

Re: タイトルなし

>>にび色のソウルジェム さま
ご指摘を受けて考えたことがいくつかあり、まず付け加えると
・ほむらはまだ14歳の子供である
・ほむらの生まれ育ってきた環境で、家族や友達は当たり前にいるものではない
という点は大きいのかなと思います。
まどかが笑って「大丈夫だよ^^」と言えるものでも、ほむらにはそうは思えないし、まどかが笑った理由は今も完全には理解できないと思います。

もうひとつ、ほむらはほむらなりに、まどかを「ひとりぼっち」と思っていたのではないか?ということ。
まどかを覚えている自分がいなくなると、まどかは本当にひとりぼっちになってしまう。
これは、ひとりぼっちの苦しみを知るほむらだったら、考えるのかなぁと思いました。

コメント、ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。

さわK #- | URL
2013/11/18 13:24 | edit

つたないコメントにお返事ありがとうございます!
さわKさんの観点は、多くの考察と違って、ほむらの気持ちにとても丁寧につきそって上げてるのが大変良かったです。わたしが探していたものにどんぴしゃでした。
どうしても小物や魔女文字解読での答え探しばかりになってしまっているので、とても新鮮で世界が開けました。
9回も見てるのに全然きづかないことばかりでお恥ずかしい限りです。
お返事ありがとうございました。

にび色のソウルジェム #- | URL
2013/11/18 16:26 | edit

Re: タイトルなし

>>にび色のソウルジェム さま
そうおっしゃっていただけると、とてもうれしいです。
彼女を理解するためにずっと生きてきたようなものなので、、、
うちのキュゥマミも報われると思います。ありがとうございます!!!

さわK #- | URL
2013/11/18 18:43 | edit

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://chiqfudoki.blog.fc2.com/tb.php/372-cba06f54
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

検索フォーム

最新記事

最新コメント

アクセスカウンター

オススメ

▲ Pagetop

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。