Blinking Shadow ホーム » スポンサー広告 » まどかマギカ »まどかマギカ叛逆の物語感想その11(バレ注意) 『君の銀の庭』に幸せはあったのか?

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

まどかマギカ叛逆の物語感想その11(バレ注意) 『君の銀の庭』に幸せはあったのか?  

まだ7回目見れてません。ポストカード?フィルム?
縁がないまま終わるかもしれません。。。
観に行く前に記憶で気になった部分があり、投稿してみます。

今回は旧作の話と、エンディングの『君の銀の庭』について。
歌をメインにスポットを当てていきます。


結論から言います。
ああこれハッピーエンドじゃね?です。
君の銀の庭に幸せはある


最初に気になったのは、Mixiのコミュでの「Cパートで季節が経過している」という意見でした。
確かに、思い返すと『君の銀の庭』の後で描かれる世界は晩秋です。
キュゥべえがススキをかき分けてきて(そしてボロボロにされる)、最後に雪が降ります。
時期的には今頃です(北海道の場合。本州では来月の頭あたり?)。

まどかが転校してきたのが桜の季節。
つまり、『君の銀の庭』が流れている間に、最低でも7か月近く経過していたことになる。

このため、ほむらが全部の始末をつけてすぐ自殺した、という説は否定されます。

では、その7か月はどんな時間だったのか?
マミ、杏子、さやかの反応はわかりません。
言えそうなのは、ほむらとまどかについてだけです。

私の結論。まどほむは存外ハッピーエンドだったんじゃないのか?
というのが、EDの歌が始まる直前の映像。

まどかが赤いリボンをつけています。ほむらが結ったときのままに。
このリボンは恐らく物語の一番最初の「黄色にする?赤にする?」を受けているはずです。
お母さんの性格を考えると、もし最初からまどかの家に赤いリボンが存在した場合、まどかは赤いリボンをつけてくるはずです。
だから、ほむら改変後のまどかの家に赤いリボンがあるかは極めて疑わしい。

ただし、まどかの立場と登場時期が今までと違うので、お母さんに聞くという選択は存在しないのかもしれない。

ともあれ、一つ確実なことがあります。
まどかが、ほむらの出したものを受け入れているという事実。
たとえ「うっわなんだこのリボンキモチワリー」として捨てたとしても、「まどかの髪に赤が似合う」というほむらの提案は尊重されています。

ほむらに対して怪訝そうな顔をしていたまどかちゃんですが、希望はちゃんとあったわけです。
まどかのほむらへの印象は、実はそこまで悪くない。
ていうか、学校の他の女子はまどかを小動物みたいに、ともすれば少し格下に見ていました。
まどかの立場だと、ほむらのまどかへの見方が他の女子と違うのは、すぐに感じるのではないでしょうか?

もうふたつ、ほぼ確実に言えることがあります。

ひとつが、赤いリボンのまどかちゃんがお母さんに褒めてもらえること。
まどか改変後の世界で、まどかのことを記憶していないお母さんが、ほむらのリボンを見て褒めています。
また、ほむらが飛んだどの周回でもまどかはトレードマークのように赤いリボンをつけていました。
世界改変はお母さんの基本的な嗜好には影響しないようです。

また、まどかが学校から帰ってきた後でお母さんと出会っていることは、ED直前の映像で描かれています。
このため、学校から帰ってきたまどかの赤いリボンは、ほぼ間違いなくお母さんに発見されます。
その場合、「そのリボンどうしたの?」とも聞かれるはずです。そして、褒められます。
まどかのお母さんにとって、初日から学校を案内してくれて素敵なリボンをつけてくれたほむらという新しい友達は、悪い印象にはならないはずです。
むしろ、あのお母さんなら褒めると思う。

つまり、帰宅することで、まどかのほむらへの好感度は上がる可能性が高いです。

これが、もう一つの可能性につながります。ほむらとまどかが次に出会った時の会話の内容です。
まどかはあの性格です。次にほむらに会ったときに報告するはずです。
「ほむらちゃんありがとう!あのリボンお母さんに褒められたよ!」と。

つまり、
1:まどかの赤いリボンが母親にほめられる
2:まどかが母親との会話を嬉しそうにほむらに報告する
は、ほぼ確実に起きると思うのです。

それを聞いたほむらがどう感じるかは、言うまでもないと思う。絶対、とても喜びますよね。
ほむらとまどかの関係、映像のパッと見で感じるより、かなり良いスタートを切っていたのではないでしょうか?

こうして見てくると、『君の銀の庭』(歌詞)とCパートの意味が変わります。


『君の銀の庭』、映像はまだ検証してないけど、劇場で見返さないといけないけど。
印象的なのが、まどかとほむらがちゃんと手をつないでいること。
それから、まどかがリボンをしていないこと。
最後に、地平線に駆けて行った二人が溶け合うように消えること。

まどかのリボンだけ、まだよくわからないです。
ルミナスとか見返すと、見えてくるかもしれない。

繋がった手、の話ですが、これ、
劇場版の3作を通じて、まどかとほむらの手がしっかり繋がっている映像があるのは『君の銀の庭』だけです。
『カラフル』(歌詞)でふたりの手がつながっていないのは、皆様印象に残っていると思う。

問題は『ルミナス』(歌詞)。
今見返すと、印象がかなり変わります。
冒頭のまどかとほむらの手をつなぐシーン、印象に残っている方は多いと思います。
でも、この二人、実は手を触れただけ。手がつながっていないません。

手が触れたのは2回。
お互いに手を出して、1回目はまどかから、2回目はほむらから、どっちも繋がりかけるんだけど、しっかり握りあう前に、泡になって溶けています。

これ、前後編のときに見ていると肯定的なイメージだったと思います。
今見返すと、印象ががらりと変わる。

二人は手がつながっていない。泡に邪魔されています。
泡は象徴として、ルミナスを通じて描かれています。
また、前後編の劇中で、水の流れが摂理の象徴として描かれています。
摂理を作って司っているのは?まど神様でしたね。

これを踏まえて、映像を見返すと面白い。
繋がった手が泡と消えた後で映るのがまど神様。そのあとに、何かを決意したようなほむらが映る。
そのつもりで歌詞を見返すと、『ルミナス』の段階で、ほむらがすでに『叛逆』の萌芽というべき決意表明をしています。

『ルミナス』、まど神様の世界に納得がいかないほむらが、『叛逆』直前の時点で拠って立つものを示して開戦宣言しているPVにも見えます。
強引に言葉にすると、
「手がつながらなかった、まど神様の摂理があるからだ。
だから私は今一度歯車を掲げて戦いを挑む。桜の下で君に会うために。
あなたが残した世界で私は巴マミ、佐倉杏子という信じられる仲間を得た。
だから、もう一度、あなたと出会おうと願った朝をやり直す。
摂理の先にいる、リボンをくれたときのあなたにまた出会うために」
って感じかな?


これは『ひかりふる』(歌詞)にも通じます。あの歌、まどかの歌っぽく見えるのにジャケットほむらでしたよね?
どちらの歌も、『叛逆』の結末をベースに見返すと、ほむら史観の叙情詩であるようにも見えます。

泡となって溶けちゃったものをやり直そう。私があなたを守ろう。
という強い気持ちが透けて見える。


劇場版は叛逆の構想ができた「あと」に作られているから、この歌の構成、映像、歌詞は、最初からそのつもりで仕込まれたモノのように思います。
ルミナスでの「桜の花の下でまどかに出会いたい」、なんて、ほむらがモロ改変後にやってましたよね。
出てくる魔法少女姿の4人は、実はほむら改変後のほむらが接していった順番と同じ。これは意図はないかもだけど。

そのつもりで見ると劇場版Magiaも面白いですね。
「しずかーにー」の前に一瞬3人?のカットが入る。多分マミ、杏子、さやか。
で、ラストの子宮にまどかをおさめる女性は誰なのか?
当時はまどかに見えたけど、今見るとほむらにも見えます。

では、『君の銀の庭』(歌詞)はどうか?
監禁ソングとか言われていますが、大人になれない選択をしたのが実際はほむらであること、彼女が取り戻したかったのが「死んじゃわないまどか」「神の運命に縛られない人間まどか」であることを考えると、違う解釈が見えてきます。

ほむらが望んだのは、ほむらの元にずっととどめておくまどかなのか?
ほむらが言っていました。

「それでも、あなたが幸せに生きる世界を私は望むから。」

いままでの感想で見てきたように、ほむらはもう、まどかなしでは生きられない人間ではありません。
どういう状況が「しあわせ」なのかも、ある程度知っている人間です。

ほむらの行為が、まどかを手元に置きたいがための監禁ななのか?といわれると、違うように思います。
死ななくちゃいけない運命から、人としての生という鳥籠の中に閉じ込めた。
そういう形の“監禁”なのではないでしょうか?
確かに鳥籠なんだけど、とてもスケールの大きい鳥籠としてとらえた方が良いようにも思うのです。

だから、まどかは今後、老いていくかもしれない。
或いは、周りが老いていく中で、超越的な存在であるまどかとほむらだけが、取り残されるかもしれないけど。


歌詞を見ていると、『君の銀の庭』は監禁しますよ、という宣言より、人として生きるあなたと一緒に生きていきたいですよ、という意思表示のようにも見えます。

この歌の間に7か月が経過していることと、上で見たまどかとほむらの関係のスタートライン、手がつながっている映像を考えると、『君の銀の庭』の映像は妄想でも願望でもなくて、その7か月で実際に起きたことの比喩なんじゃないかとも思えます。

つまり、まどかとほむらはほむら改変後の世界でやっぱり友達になった。
ほむらが魔法少女になった一番最初の願いを振り返ると、彼女はまどかと対等の友達になりたかった人なんだなとも思えます。愛情とはまた別に。

そのころのまどかはまぶしかったけど、今のほむらはまどかと並び立てるだけの人生を生きてきています。
ほむらとまどかは、対等なふたりとして手を繋いで走っていける間柄になっていたのではないでしょうか?
あの映像の中にあるように。


Cパートのほむらは、ガサガサという音に対して「来るはずがない人、でも来てほしい人」が来たような反応をします。
まず間違いなく、まどかのことだと思われます。つまり、まどかはほむらがあの場所にいることは多分知らない。
それが悪魔であるほむらを知らないのか、魔法少女?であるほむらを知らないのかは、わかりません。
或いは、知っていてもあの丘に来る意思がないのかもしれない。


とにかくまどかは来ないんだけど、7か月たった後でも「来る可能性がある」とほむらがハッとなる程度の希望が残っている。

でも、実際に来たのはキュゥべえでした。
かくしてほむらはひとさし舞い、夜の街へと落ちていきます。

半分欠けた月とか世界は、いつか埋まるものの象徴なのか、それとももう絶対埋まらないものの象徴なのか?
どっちともとれるエンドだけど、私は「そのうちまどかが来てもおかしくない」と思っています。


ほむらがかつて望んだのは「鹿目さんとの出会いをやり直すこと」で「彼女に守られるのではなく、守る私になること」でした。こうしてみてくると、どうも出会いもやり直せたように思います。肯定的な意味で。
だから、今の私たちと同じような寒さの中を生きているであろうほむらの心は、多分そんなには冷えていない。

『君の銀の庭』にあったのは、案外幸せな現実だったのではないか?
私は、そう思います。



上映館の情報はこちら













にほんブログ村 アニメブログへ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト

category: まどかマギカ

thread: 魔法少女まどか☆マギカ

janre: アニメ・コミック

コメント

万人いれば解釈も万人変わるのがまどかの面白い所。
「始まりも終わりもない永遠の子供の夢の国」を作ったのはまどかとほむらのどちらか?
「汚い大人にならず幼いまま眠れ、美しい少女のまま死ね」と願ったのはどちら?

つまりは「大人への門を閉ざしている門番」はどちらなのか。

どこにも行かないでと謳っているのは曲の中の私ではなく、むしろシューベルトの魔王の
如く、より大きな存在からの呼びかけだと私には聞こえます。
曲の歌い手はほむほむでしょうが、監禁ソングというなら監禁しているのはむしろ…。

ただのほむほむ派 #- | URL
2013/11/07 09:14 | edit

記事、楽しんで読ませていただきました。
君の銀の庭はとてもお気に入りで、自分でもいろいろ考えていました。
個人的に記事で一番ほぉ、と感じたのは、季節が経過したと解釈したところでした。わたしは、ダークオーブに世界を閉じ込めていたのかなーと感じていたので、鳥篭世界とのズレを表現するために雪が降っていると感じました。
EDの途中でも、枠の中に目と口があるので、窓から中をのぞいてる表現なのかなーや、OPとうってかわって、ほむらが主導で扉の奥にまどかを連れ込んでいるので、やっぱり閉ざされてた世界なんだろうと考えていました。
歌詞でも終わらない始まりとあったので、きっとループする世界なんだろうとも思ってたので、その点は考えがいたりませんでした。
ただ、ほむらの驚く表情に説明がつかなかったので、この記事の解釈のほうが正しそうですね。

ラストの赤いリボンをつけてるまどかはいいですね。やっぱり、まどかはまどかなので、ちょっと気持ち悪い出会いでしたが、友達になれるんでしょうねぇ・・ってかなってほしい!
わたしは、君の銀の庭は、あなたの幸せを見守りますよ。ではないかなぁと思ってます。

コメント失礼いたしました。

にび色のソウルジェム #- | URL
2013/11/18 03:44 | edit

Re: タイトルなし

>>にび色のソウルジェムさま
ダークオーブの中に捕えた、っていうのはさいきん他でも見ました。
なるほどなー、と思います。作り手側が解を明言しなさそうなので、みんな好きなように考えてね、ってことで良いんじゃないかな、とは思います。

『君の銀の庭』については、恐らくおっしゃる通りの意味の方が強いと思います。
私が振り返ってみて、ああそういえばほむらが望んでいた「出会いのやり直し」はここで成就しているのか、と思っただけなので。

自分の好きなほむらを当てはめていけばよいのかな、と思います。
今後も思いついたことを垂れ流していくので、良かったらよろしくお願いいたします。
コメントありがとうございました。

さわK #- | URL
2013/11/18 15:14 | edit

>>大人になれない選択をしたのが実際はほむらであること
大人になれない世界、純な子供のまま魂が永遠に成長も消滅もしない世界を作ったのは
まどかとほむら、どっちなんですかねえ…。
まどかが大人になることのない世界はデビほむ世界と円環世界のどっちですかねえ。

しょせん、自分に都合の良い「奇跡」で世界を捻じ曲げるのが魔法少女になるということ。
ほむらだけが鳥籠を持ってる訳じゃあ、ないですよね。単にでかいか小さいかの違いで。

そういや叛逆って、OPだけで本編全部語ってたんですね。恥ずかしい事に3度目でやっと
気付いた。砂地に緑と水と青空を与えたのは白いワンピの無垢なほむほむで、その世界で
自分を抜きに魔法少女たちを遊ばせている。でも誘惑に負けて自分も枠に入ろうとして
まどかに手を伸ばすと、やっと手に入っていた幻影は消えて砂に戻ってしまう。
ほむらの理想は、自分がその中に居ては掴めないと、悪魔の証がほむらの前に残る。

あくほむ派 #- | URL
2013/11/18 17:07 | edit

Re: タイトルなし

>>あくほむ派 さま
成長、というのは難しいテーマだと思います。
魔法少女がそもそも身体的な成長をしうるのか?というのが劇中で明示されていないから。
コレ、二次創作の余地のためにも、今後もぼかされ続ける気もします。
なお、ヒルズでイヌカレーノートを見たところ、一応魔女では40過ぎまで行った人がいる模様。

まどかは大人になるかどうかまでは考えてなかったと思うし、ほむらは。。。まどかの人としての生を全う、が目的と考えると、大人にさせるかもしれないです。
あと、まどかは前作の時点で一応大人にはなったのかなと思います。社会に対して自分の役割を見つけるという意味で。だからお母さんが認めて送り出している。

ここは作り手の限界もあるのかな、と思います。

OPといえば!あの手がずっと気になっていました。
アルまどとも言われるし、ほむらとも言われる。でも、あの服装に該当する人がいない。
まどかの幻影。。。どうなんでしょうね。
ほむらの最初の願いが悉くまどかに振り回されて潰されたことを考えると、「まどかに救われる」と言う形は、実はほむらにとっては心地良くないことだったんじゃないかな、とも思います。

まどかの幸せのためにほむらはいない方が良い!とほむらが思ってそう、という意見はツイッターでも見た覚えがあります。

どうなんでしょう。まだ子供の考えることだから、正解はどうとでもなりうる気がします。
ただ、過去の話を振り返ったり、叛逆を見返すことで、また見えてくるものがあるように思います。そういうつくりだから。

コメント、ありがとうございました。

さわK #- | URL
2013/11/18 22:14 | edit

ほむほむはわざときゅうべぇに魔女のはなしをして、まどかをとろうとしたんだという切につながりますね。
けれど、ほむほむがきゅうべぇがわたしをとじこめわたしは魔女として新しい結界をつくるって先を読んでいるのに違和感を覚えます。ぜんぶわかってたんでしょうか、ほむほむは。

#- | URL
2013/11/24 13:18 | edit

こんにちは
私も存外ハッピーエンドだったんだと思います

DVD借りて視聴しているとはっきり確認できるのですが、私服のまどかが赤いリボンを着用して積荷を解いてるシーン、少なくとも着替えてもリボンは維持されている以上はほむらのススメを尊重しているように見える
キャリアーウーマンの鹿目母が私服で荷解きをしている以上休日にやっているのもありえるわけで、そうだとするとさらに補強される
またDVDで確認したところ、やはりほむらが飛び降りる前は雪が降っています。
春からそれだけの間にこの場所に二人できたのかもしれません
それで物音がして振り向いたときは「まどかがきたのか」といった風に振り向いたのではないかと
実際にはQBだったので、ダークオーブを出現させたほむらはデビほむに落下しながら変身してまどかのところに飛んでいった……
それがあのラストの真相では?と思ったり


ガク #- | URL
2014/03/31 17:17 | edit

Re: タイトルなし

> >ガク さま
コメントありがとうございます。
まさにご指摘の通り。BD未見ですけど笑
叛逆は初めて見たとき、仮眠中でも気になって目が覚めちゃって書かずにいられない位の爽やかな余韻があって、そう感じたのが全てなのかなーと思います(「やっぱり あなたのほうがにあうよ」のところ)。

もとも「あえてぼかす」のスタンスをとって作られているようなので、真相は続編待ち。。。でしょうね。
お返事が遅くなり申し訳ありません。

さわK #- | URL
2014/04/05 17:14 | edit

>>-さま
キュゥべえに言われて怒ってたし、「信じられない!」って顔をしていたので違う気がします。
ただ、それとは別にまどかとはまた会いたい、会ったらどうしよう、みたいのはそれなりに考えていたのではないでしょうか。一発勝負でまどかを引きはがすのは相当難しいと思います。
ハノカゲさんのコミックス版だとより周到になってますよね。
(ソウルジェムを捧げて見せ、まどかが取りに来た時にソウルジェムを落とし、その手でまどかを掴んでいます。ジェムを遠ざけ、かつまどかをより確実に捕える一石二鳥の方法。)

キュゥべえがあれをやったのは渡りに船だった、と。
コメントありがとうございました。遅くなって申し訳ありません。

さわK #- | URL
2014/04/05 19:26 | edit

今更ですがリボンの考察に感激しました、幸せな気分で眠れそうです。

あ #- | URL
2015/12/03 00:12 | edit

Re: タイトルなし

>> あ 様
返信遅くなり申し訳ありません。
お役に立てたのであればとてもよかったです。いいものなのに嫌いになってしまうことは、本当に悲しいことですから。
コメント、ありがとうございました。

K.Akemi (旧:さわK) #- | URL
2015/12/12 22:10 | edit

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://chiqfudoki.blog.fc2.com/tb.php/368-dffa51d1
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

検索フォーム

最新記事

最新コメント

アクセスカウンター

オススメ

▲ Pagetop

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。