Blinking Shadow ホーム » まどかマギカ »まどかマギカ叛逆の物語感想その7(バレ注意) その叛逆を成り立たせたもの

まどかマギカ叛逆の物語感想その7(バレ注意) その叛逆を成り立たせたもの  

5回目6回目行ってきました。
見るつもり、なかったんですが。。。水曜日はシネフロ1000円だし。。。特典まだ残ってたし。。。

叛逆正直飽きてるんですけどね笑
頭を使う段階は過ぎたように思います。夢の中でカラフル流れるようになったし。
感動は細胞に刷り込んでナンボかなと、つくづく思います。


こまっかい伏線やら暗喩やらやったら多いんですが、今回は叛逆そのものについて。


どこかの感想で見たのが
・「暁美はなぜ叛逆できたのか」。
付随して、
・ほむらはなぜ叛逆したのか。
・まどかが劣化してね?

あたりの問題。

冷静に考えると、いろいろおかしい。
「ずっとひとりで頑張ってたんだね。もうずっと一緒だよ、ホムラチャン」
ほむら、なんでこのセリフに素直に従わなかったのか?
円環世界で人間形態をとってまどかとお話しできることも、現世に干渉できることも、さやかとなぎさが実証しています。

インキュベーターが悪さしてくる?本来ならどうとでもなります。
というのが、キュゥべえの打った手も、繰り出した兵力も、まどか陣営には先刻承知でした。
キュゥべえとしては、干渉フィールドがあることと自分たちが極めて多数であることがまどかが知りえない切り札だったはずです。
この二つがあっさり見抜かれてるし対策も取られている。

ポイントが、さやかとなぎさ。
さやかが杏子に、なぎさがマミに、1:1のマークでついています。
また、劇中のセリフを振り返ると、この二人はマーク相手より先行してほむら結界内に入ってた様子。

ほむらのトイメンにはまどかがつきますから、現世の魔法少女に対してはかなり重厚な布陣です。
また、さやかとなぎさによって反撃が開始された時点で過去の魔女が総動員されています。
どうも、ここまでが円環側の手筈通りだった模様。そのつもりで準備がされていたわけです。

一方のほむらですが、彼女はとても強力な魔女でした。
使い魔の数も種類も質も段違いです。ワルプルギスの夜ですら比較にならない、つまりは「従来の魔女からは想像もできない規模の魔女」です。
詳細は後述します。

つまり、ほむらがキュゥべえに捕獲された問題は、円環側にしてみたら一見大したことないけど、実はとても危険なトラブルでした。
インキュベーターに魔法少女が捕まった、という問題として認識すると、とんでもないしっぺ返しを受けます。

しかし、まどかたちは問題の規模を正確に感知して、即座に十分な兵力を投入しました。
このため、ほむらの魔女化問題は短時間に鎮圧されています。

まどかは元々そういう戦略・戦術・戦闘・外交のセンスがずば抜けていました。
詳細は以前のブログで何度か書いています。
よーは、まどかは喧嘩が強い。個人でも組織使っても体力勝負でも騙し合いでも。

上で見てきたように、布陣を見る限り、まどかのしたたかさは『叛逆』でも健在です。
また、今回もまどかの追撃がほむらを的確に捕捉しています。
忍ばせる草(スパイ)もなぎさとさやかという腕利き。記憶のバックアップも二人にかけるという念の入りよう。
といっても、なぎさはキュゥべえに敵意をむき出しにしてしまう、ちょっと危なっかしい草でしたが。。。


ほむらが懸念している「まどかをインキュベーターに触れさせない」は、実は杞憂です。
論外レベルで実力差がありすぎるから。いくらキュゥべえが吠えても、歯牙にもかけられないのです。

こうして見てくると、(恐らくは)まどかが描いた画は今回も優秀に機能しています。
なのに、なぜ、ほむらはインキュベーターのウワゴトを真に受けて救済を拒むのか?
ほむらヤンデレ?サイコレズ?いや勿論そうかもなんですが、

これは、3つ理由があります。


ひとつが、ほむらとふたつのまどかのそれぞれの認識の差
ほむらは神になったことがないし、神からのフィードバックを受けたこともない人です。
だから、神が「皆の届かない遠い場所」にいて「ひとりぼっち」だと思い込んでいます。
これは彼女が人間である以上、正しい。
いやなんで敵であるキュゥべえの言うことを真に受けるんだ、って話でもありますが。

でも、これをまどか自身は否定しています。
いつでもどこにでもいて、みんなに会えるのが神。
実際、叛逆の物語でのまどかと他者の関係、改変後のほむらの居場所を見ると、一人ぼっちでもなければみんなから遠いわけでもありません。
死んだ人間は消えるわけではなく、普通に人間の時の姿でまどかと対話ができる。

ほむらの世界にいるまどかはまどかで、神の世界の記憶がありません。
だから、ほむらの言うことを鵜呑みにするしかない。
また、魔法少女たちの死に立ち会ったわけでもありません。
叛逆でほむらが話したまどかと、それまでのシリーズのまどかは、そもそも判断のもとになる情報が違いすぎるのです。

また、ほむらは神の構成についても誤解をしているようです。
ほむらにとって、人間としてのまどかは、「まどかがまどかでなくなる前の記録」、です。
つまり、神になったまどかはもうまどかではない。
でも、まどかのいわく、「アタシが裂けちゃう!!」です。人間部分は神の一部。持ってっちゃいけないもの。
ここも、人間と神との絶望的な認識の差が出ています。ほむらさんは神の能力に夢を見すぎ。


ここで、もう一つの理由が絡んできます。ほむらが判断の時間を与えられていないことです。
真相を知ってからすぐに魔女化し、乱戦になった挙句にまどかが来てしまっています。
満足に考える時間は与えられていないし、そもそも選択肢も与えられていません。
まどかではいずれインキュベータ―に敗れるかもしれない、つまりまどかは頼れないという疑いを少しでも持ってしまった場合、決着は神まどかが迎えに来る前につける必要があります。

ほんとうは神まどかとじっくり話し合って検証するのが一番だったんだけど、お互い、そういう時に話を聞きませんよね笑


三つめ、これが一番大きいのではないかと思います。仮説。
根本のところで、ほむらはまどかに対して、実力を認めることも信用もしていないのではないか?
思えば、ほむらの願いには最初から違和感がありました。

「鹿目さんを守る?はぁ?wwww」というヤツ

戦闘力、メンタルの強さ、積極性、処理能力、機転、知性、友情をはぐくむ能力。
どれをとっても、最初期のほむらがまどかに勝るものはありません。
しかし、ほむらは何の疑問も持たず言い切ります。「彼女を守る私でありたい」。
いや、それ1億年早いから。。。。


その後の周回でも、ほむらはまどかがほむらの話を常に聞いていることにも、まどかの本質が魔法少女になったくらいでは変わらないことにも、まどか自身の理解力や行動力が高いことにも気づいていません。
ないしは、認めたくないのかもしれません。
なぜか、ほむらはまどかに対して一段上でいたがる。

今回も、神の隣にあって世界に臨んで何かをできる可能性をハナから否定しています。
神になったまどかがキュゥべえに勝てるとは全く思っていない
実際の戦力比がまどか>>>キュゥべえであるにもかかわらず。

と言って、単純な独占欲でもない。
ほむらはまどかの行動を規定するんだけど、単純に色々強制するわけでもありません。
いや十分に息苦しいけど。。。ストーカーとか束縛が強い親みたいなものなのかな。
それでも、まどかの幸せを願い、見守るのが基本。


じゃあ、このヒトなにすれば満たされるんだろう?
まどかが単純にほむらだけのものになって、満たされるのだろうか?
思いは私だけのもの、鹿目まどかのためだけのもの、と言っています。
もちろん「誰か(キュゥべえ)に利用されるぐらいなら」もあるんだけど、それだけなのか?

まどかとほむらの関係を振り返ると、まどかに対してのほむらは、ほむらだけが知っている形でオンリーワンです。
時間を飛びまくっていた頃は、ほむらだけが時間を飛び、まどかを知り、まどかを殺め、まどかを守る者でした。
リボンを付けてからは、ほむらだけがまどかを覚えていて、まどかを語りうる者でした。
一方、黒い改変の後はほむらだけが本当のまどかを知っている者で、まどかを守る者です。


円環にとりこまれると、ほむらはさやかやなぎさと対等になってしまいます。「ほむらだけ」のものがなくなる。
これは、どうなのだろう?
『叛逆』では、マミや杏子がほむらの良き理解者として描かれます。さやかもほむらのホンネを知り、受け入れる。
マミとのバトル後の喘ぎ声23秒()に至っては、呼吸までシンクロしかけてましたし。
でもコレ、望ましい状況なのかなぁ?

確かにほむらはマミと杏子を「信じる」と言い切りました。さやかに命を与えてもいる。
ラストのさやかとの会話の手の動きは助けを求める手話だ、という説もあります。

でも、ほむらが求めるのは対等の友達なのだろうか?
まどかが結ってくれた髪も、自分で振りほどいています。

これは、あくまで仮説。ちょっと思ったこと。
ほむらはまどかに対して信仰のようなものを押し付けていないか?
その信仰に基づいて、「対象に対して特別なポジションにある自分」でアイデンティティを満たしてはいないか?

つまり、「一人だけかわした特別な約束を守るもの」であり、「一人だけ託された思いを守るもの」であり、「一人だけ知っている真相を守るもの」。


まどかが輝くほど、比例してほむらも輝く。
問題は、ほむらに対して誰も救済ができないこと。
ほむらが救済されるのは、ほむらの一方的な思い込みに沿う形でまどかが動いた場合のみです。

友達に理解されるのもダメ。オンリーワンじゃなくなるから。
もう一つ、マミたちと理解し合ったことを、「まどか以外のモノに気を散らしたからまどかのことがおろそかになった」とほむらは考えそう。
これは、杏子やマミを「信じてる」といったほむらと両立しうると思う。

とはいえ、ほむらはまどかの救済と自分の決心を比較する時間が与えられていません。
じっくり比較して考えて救済を拒んだわけではないので、潜在的にこういうコト考えていてもおかしくないなー、程度の仮説です。




ともあれ、ほむらはまどかの救済をアテにせず、自力で動こうとします。
根拠は二つ。
神であることで、まどかがつらい思いをしているのではないか?と思ったこと。
※あくまで「思った」です。実際に神状態のまどかと話して確認を取ってはいません。
もう一つは、神であることで、まどかがいずれはインキュベーターに支配されることが懸念されたこと。

対策は?
どうもこのヒト、結界の中で自分が死ぬ(=まどかを閉じ込める)ことでどうにかしようと思っていたフシがある。
まどかを逃がそうとしていないし、マミと杏子に逃がしてくれ、とも言っていない。

ほむらさん、まどかの人間だった部分と心中しようとしたのではないでしょうか?
悪魔になった後の行動と合わせても、自分が結界を張ってまどかを守ろうとしたフシがあります。

魔女が死ぬと、犠牲者も結界の中に閉じ込められたまま消えます。
もうインキュベーターが手出しをできない。

キュゥべえには「この結界内が死に場所だ」と明言しているし、
ミステリオーソが流れているときも、一貫して死を求めています。

ミステリオーソのシーンはヤバいですね。
ほむらを助けようとする4人とほむらのボルテージが高まってシンクロしていくように見えて、ほむらは一貫して逆のベクトルでボルテージを高めています。
ラストの窓が開いて救済の手が差し伸べられる時も、あんな回想、過去のどの周回でも存在しませんでした。
原点回帰ではあるんだけど、まどかの救済には相対するものです。

まどかとほむら、二人は一見心が一つになって弓を引いているんだけど、あれがほむらが真逆の方向に吹っ切れた瞬間でもある。


じゃあ、ほむらは何で吹っ切れたのか?
まどか達の反撃のシーンを見ていると、面白い事実が浮かび上がります。

魔女ほむら、とんでもなく強い
まず使い魔の物量が半端じゃないです。めがほむ兵、鳥、歯、時計。エリート兵に当たる少年少女兵。
この連中の物量が今までに出てきたどの魔女よりも比較にならないレベルで多い。ワルプルギスがかわいく見えます。
質も馬鹿になりません。単体で魔法少女と戦える使い魔すらいます。
この魔女ほむら軍、魔法少女4人だけでは押し返せていません。
過去の魔女総出でだったら勝ててるけど。

やっぱり、ほむらはまどかマギカ世界の押しも押されぬNo.2です。


また、キュゥべえが懇切丁寧に「円環は閉じ込めることができる」「閉じ込めれば支配ができる」ということを教えてしまっています。
「希望が絶望に変わるときのエネルギーが膨大だ」ということを思い出させてしまってもいる。

また、眼下に広がる激闘の光景で、ほむらは今の自分の手持ちの戦力が大きいことを認識できます。


さて、ほむらが魔女になって結界にまどかを閉じ込めるのには、何が必要でしょうか?
最優先課題は、まどかにソウルジェムを触らせないことです。
触れられた瞬間に浄化され、自分がこの世界から消滅してしまいます。
ソウルジェムを確保できたら、次はまどかを巻き込む形でソウルジェムを自分の絶望で砕くことが必須になります。

これ、事前にそのつもりで余力を残して(力を貯めて)おかないとできません。
救済される瞬間に手を動かすなんて、狙っていないとできない芸当です。


真相を知ってからの短い時間で、ほむらなりに戦力を集めて計画を立てたのではないでしょうか?

―自分の戦力をうまく集中すれば、少なくとも成算はある―

これが、キュゥべえの干渉によってほむらが得た情報のように思います。
結果的に、インキュベーターの実験はそのまま、黒ほむらのまどか支配のためのテストとして機能しています。

面白いのが、ほむらの叛逆が、かつてまどかが神成りする際にキュゥべえに仕掛けたカウンター戦術を踏襲していること。
以前にほむらが魔法少女コンビの戦術を踏襲していると書きましたが、ここでも良い弟子ぶりを発揮しているなと感じました。

その意味でも、『叛逆』はほむらがまどかを超えた話といえる。
そういうほむらだから、まどかと対等になれるように思います。

こうして見てくると、KANでのほむらへの「狂狷(いちずに理想に走り、自分の意思をまげないこと。)」との評は的確な形容なのだなと改めて感じます。友達の声も自分より強い人のアドバイスも聞いちゃいない。

でも、狂狷であることは彼女の素直さや優しさを否定するものではない。
それぞれ、別個に成立するものだと思います。いや迷惑な存在ではあるんだけど。
彼女によって迷惑するのは、力を持つごく一部の人間です。


王が神に叛逆しようが、飯を食わせてくれて生活が守られていれば民は満足です。
力があり、人を惜しみ、現世での命と幸せを重視してくれる。ほむらはそういう王です。

まどかが神であるなら、ほむらは王といったところでしょうか?
上に戴く統治者としてなら、この叛逆者は相当に優秀なように思います。



上映館の情報はこちら













にほんブログ村 アニメブログへ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト

category: まどかマギカ

thread: 魔法少女まどか☆マギカ

janre: アニメ・コミック

tb: 0   cm: 4

コメント

初めまして、とても楽しく感想を読ませていただきました。
ほむらがどうして叛逆したのか、に対して自分と近い意見の方がいらっしゃったのが嬉しくて、コメント致しました。

思春期の女の子の友情は「皆と同じであること」と「特別であること」が、とても大きくて。
大きいからこそ自分自身の中で対極に膨らんでいくものだと思ってます。
その本質は一緒で「特別な人と同じものを共有できたら、それは特別だからとても嬉しい」「皆と同じものを共有していたら、1人になることがないから社会的に安心できる」という心からくるものなのかなぁと。
共感する能力がとても高いのでしょう。

丁度、「女神まどかは一人ぼっちではなくて、円環の理に導いた魔法少女達と意思疎通が取れる」という部分も、同じことを感じていました。
だからこそほむらは皆と同じであること(=普通の魔法少女としてSGを浄化される)よりも、まどかの特別になりたいという気持ちが、最終的なものを大きく凌駕してしまった。
いっそ普遍の好きであるなら、憎まれてでも私一人を見つめて欲しかった。
そういった気持ちの結果(一つのファクター)が、悪魔ほむらだったのかなぁと思います。

TV版のほむらより、劇場版のほむらの方がぐっと人間味を増して(わかりやすくなって)素敵な女の子だなぁと思うようになりました。
さやかが生々しい感情で世の中の女性の共感を得たように、今回のほむらも沢山の人に影響を与えていくのかな、と思うと、まどか☆マギカはとても良い作品だなぁとしみじみします。

長文失礼致しました。

suzuto #- | URL
2013/11/01 21:45 | edit

初めまして。本編の感想から今回の叛逆の感想まで、一通り読ませて頂きました。
コメントをするのは初なのでお見苦しい点も多々あるかと思いますが、感想にとても共感致しましたので、投稿させて頂きます。

叛逆の物語、1回目は情報量多すぎてもうこれわかんねぇなって状態だったので計4回観に行きましたが、観れば観るほど面白く、切ない話でした…(特にOPとか)

叛逆の物語を観ていて思った事なのですが、ナイトメアや魔法少女の変身シーン、そしてOPで「踊り」が関わっていますね。
ほむらの創り出した舞台(結界)で踊り続ける役者たち(ほむら除く)と考えると、これは偽りの世界なんだと思い知らされました。
ホムリリー=舞台装置の魔女説が囁かれるのも少し納得。

さて、上の方も仰られている事ですが、叛逆のほむらは実に生き生きしていて、人間味がある子になったなぁと思いました。

「もう誰にも頼らない」ではないし、「一人ぼっち」でもない。
なぜ、孤独が選べるか?他者を信頼できるか?
これは、他者を理解したから。

前の記事になってしまいましたが、この部分にとても共感致しました。
ほむらはまどかしか見えていないようで、皆の事も大事だったんですよね。
「あなたは自分の人生が尊いと思う?家族や友人を大切にしてる?」
ほむらのこの問いかけも、今思うと自分への問いかけも含まれていたのかなぁ、と。

最後に、悪魔になった事は悪いとは思いません。
愛なら仕方ないでしょう。歪んではいますけど。
ほむらだって中学生の可愛い女の子なのですから(笑)

駄文・長文、失礼致しました。

URU #- | URL
2013/11/02 09:49 | edit

Re: タイトルなし

>>suzutoさま
当方の感想がお役に立ったようで何よりです。
それでsuzutoさまの感動が増すのであれば、書いた甲斐があります。
私が少女だったわけではなく、少女の気持ちがわかるわけでもなく、何通りも解釈できるものもあって、その場その場で思ったことを書いています。だいたいこうだろうな、っていうのはあるけど。

ここまでで記事でまとまって書いていないこととして、今回の『叛逆』はほむらにとって親しい者たちに恥部を見られるような措置であること、と、もうひとつ、ほむらと「友達」と「まどか」の位置づけ。

このうち、友達とまどかのことについてはこちらで書きました。
http://chiqfudoki.blog.fc2.com/blog-entry-369.html

コメント記事を書いた時点では気づいていなかったポイントです。

しかし、ご指摘のように今回ほむらは人間的になりましたね。
私も大きな勇気をもらいました。この先の人生で彼女のことを忘れることはなさそうです。

コメント、ありがとうございました。


URUさま
長いものにずっとお付き合いありがとうございます。
共感いただけると嬉しいです。見るたびに発見があるので、一貫していない部分もあったことと思います。
踊りはラストともかかわっている、という考察を見た覚えがあり、見てなるほどなぁと思いました。

ただし、その舞台にはここまで書いてきた以外のいびつさもある。
ワルプルギスが出てこなかった理由、ホムリリーがワルプルギスに似ていた理由については、最新の記事で書きました。

http://chiqfudoki.blog.fc2.com/blog-entry-369.html


> ほむらはまどかしか見えていないようで、皆の事も大事だったんですよね。
> 「あなたは自分の人生が尊いと思う?家族や友人を大切にしてる?」
> ほむらのこの問いかけも、今思うと自分への問いかけも含まれていたのかなぁ、と。

ここがほむらの本質だと思います。
ほむらにとって、家族や友人がいることは当たり前の環境ではなかったように思うのです。
同時に、ほむらにとってのまどかの特異性を理解するときの基本がここにあるとも思う。
今回の杏子たち3人がほむらにとっての友達で、ほむらにとってまどかは愛をささげる相手だったように思うのです。

彼女の「まどか道」の極め方、私も好きです。

これからもまた、思わず色々書いてしまうと思います。
良かったらよろしくお願いいたします。
コメントありがとうございました。

さわK #- | URL
2013/11/02 16:48 | edit

ほむら魔女(ホムリリィ)の使い魔の物量が多いのは、本体が拘束されて自らが手を出せない特性のせいでしょ?
対してワルプルギスは結界に隠れる必要もない&現実世界に嵐を引き起こす&使い魔は対象に触れると硬直効果をもたらす(ほむらが使い魔を倒した描写はない)&反転することで地上の文明を引っぺがす(と言われている)スペックを持っている
これらから察するにホムリリィよりもワルプルギスの方がずっと強いと思いますけど……

名無し #8FPMi2FE | URL
2013/12/06 09:59 | edit

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://chiqfudoki.blog.fc2.com/tb.php/367-0ffce02d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

検索フォーム

最新記事

最新コメント

アクセスカウンター

オススメ

▲ Pagetop