Blinking Shadow ホーム » まどかマギカ »まどかマギカ叛逆の物語感想その4(バレ注意) 魔女から見た世界

まどかマギカ叛逆の物語感想その4(バレ注意) 魔女から見た世界  

先ほどやっと2回目を見れました。
記憶が鮮明なうちに書いておきます。




2回目はネタが割れているので、殆どの描写をほむらの心象風景として見ることができます。
このため、
・ほむらのホンネはどこにあったのか?
そして、
・なぜほむらは悪堕ちしたのか?

に注目しました。

まず、ほむらはなぜまどかにあのような暴挙に出たのか?
コレ、見返してわかりました。今までの解釈とちょっと違います。

まどかにつらい思いをさせたくない(≒人間として幸せに生きてほしい)から、です。

まどかにとっても実はつらいものだということを理解した、と言う解釈をどこかで見ました。
本編で言われていたように記憶したのですが、誰かのツイートかパンフレットかどちらかだったように思います。
実際に見て、その通りだなと私も思いました。

流れとしては、
まどかが本物だと理解する
→まどかが神であることは、まどかにとってもつらいことを我慢しているのだと理解する
→自分がまどかにつらいことを強いていると理解する

花畑で抱き合うシーンです。
まどかはほむらを、かけがえない時間の中にとどめ置くかのように三つ編みにしようとする。
でも、ほむらはまどかのホンネを知ってしまう。
この時の一連の表情の変化は、キモなだけにやはり力が入っています。
誰よりもまどかのことを思った人間だから、まどかが本物だと分かる。
まどかが本物だから、まどかが語る気持ちがホンネだとも理解する。だから、泣く。

直後の行動やラストのセリフを見る限り、このほむらの涙は自分の過ちに対してではなく、辛いことを耐えたまどかのことを思ってだと思います。
涙を流して、決意をする。自分のせいでまどかをこれ以上苦しめない、と。

そう決意したからこそ、まどかに対しては、笑って別れます。
このシーンは、いままで「強く輝いている存在」だったまどかが初めて、弱さを持つ人間としてほむらの目に映った瞬間だとも思います。
ほむらは、本当の意味でまどかを守りたいと思ったのではないでしょうか。

ほむらはまどかの弱さを見て、自分が我慢すれば彼女を守れるとイメージできるくらいには強くなっています。
それが彼女が周回を重ね、さらに改変後の世界で戦ってきた成果でもある。
最初にキュゥべえと契約した時は、ほむらは自分が強いという自覚がありません。
守りたい、という願望で言っているに過ぎない。自分ではできないことだからこそ、キュゥべえに願う。
でも、今回のほむらは彼女が心を強くもって我慢すればまどかを守ることができます。
「まどかを守る」は、初めてほむら自身の意思でどうにかなる問題になったのです。

ほむらの叛逆は、ほむらがまどかを超えた結果でもあります。
逆に言えば、まどかが弱さを見せたことが、インキュベーターの罠の思わぬ副産物でもある。

このほむらの決心が、後半のキーになります。
その結果守りたかったまどかがどういう存在なのか?も、面白い。
前にも書いたけど、ほむらの話を聞いてくれて、いつでも受け入れてくれるまどかだから、ではありません。
まどかが正義感をもって輝いている人間だから、です。

この、まどかの持つ2つの意味は、TV版の頃のほむらだと混同していたように思います。
精神的に成長したからこそ、はっきりわかったのではないでしょうか。

成長をもたらしたものは何か?
これは、他者への信頼だと思います。

自分がまどかを求めることがまどかを苦しめると知ったとき、ほむらは、結界内が自分の死に場所だと覚悟を決めます。
自分の始末はマミと杏子がつけてくれる、とも。

「もう誰にも頼らない」ではないし、「一人ぼっち」でもない。
確かに孤独ではあるけど、ほむらの孤独は自分の役割を理解した上で、自分で選んだ孤独です。

なぜ、孤独が選べるか?他者を信頼できるか?
これは、他者を理解したからなのではないでしょうか。


『叛逆の物語』全編を通じ、ほむらと他の魔法少女はお互いをよく理解しあっていることが描かれます。
ほむらが自分の頭を撃ち抜こうとしたとき、マミは思わず駆け寄ります。武器を放り出して。
また、戦った後もほむらのことを案じています。
さやかもほむらに切りかかるけど、あくまでやさしいまなざしで見守っている。
杏子とほむらの空気もヤバいですよね。お互いに「しっくりきて」いる。

『叛逆』でのほむらは、「振り返れば仲間がいて、気がつけば優しく包まれて」います。
ほむら自身も、仲間を優しく包んでいる。不器用ではあるけれど。


これは、物語の起の部分での交流によく表れています。
茶番の魔法少女ごっこでの変身シーンなんか、ほむらが各人をどう見ていたかがよく出ていますよね。
改変前で各人がどういう無念を背負っていったかを振り返ると、非常に面白い対比です。

あくまで華麗でかっこいいマミ先輩。組む相手はもちろんまどか。
ほむらの原風景である2周目の「楽しい魔法少女クラブ」のメンバーです。
ほむらの目に最初に焼き付いたのは、まどかとマミの魔法少女コンビだったはず。
ほむらの結界内の巴マミは隙がなく、あくまで華麗で、面倒見がよくて、強い。理想的な魔法少女です。

幻影を操り、力強く野性的な杏子。
彼女はマミを助けるために風見野からやってきて、さやかの家に居候しています。
マミの救援に間に合うことも、さやかと仲良く暮らすことも、まど神による世界改変前には実現しなかった光景です。
でも、ほむらの結界内での杏子は、ちゃんとさやかとコンビを組ませてもらっている。

アクロバティックに体を動かし、元気よく走るさやか。
旧作時の影の魔女戦を彷彿とさせる動きです。さやかはこの戦いで開眼して、戦士として完成しました。
でも全く評価されることなく、壊れていきます。
ほむらの結界内だと余計な妨害をされることなく、本来の力を発揮して縦横無尽の活躍をします。
仁美を助ける時は、一番活躍するのはさやかです。最後に仁美を抱きしめるのもさやかですし。
もちろん視聴者サービスなんだけど、あの状況設定がほむらの心理を反映している以上、ほむらがさやか周りの一連の歴史をどう見ていて何を願っていたのかがよく表れていると思います。


まどかはかわいらしくお茶目に変身し、あくまで明るい。
ほむらの過去周回で描かれたイメージに通じるものがあります。

ほむらの変身は。。。うん、あなたそういうことを考えていたのね、という感じでした。
『叛逆』冒頭で転校してくるときのそぶりにしても、クールさを演じなくて良い素のほむらはこんな子になりたかったのね、という感じです。


これ全部、ファンサービスでもあると思います。
ちゃんと力を合わせて活躍して仲良くするのは、視聴者が見たかった光景ばかりでしょうし。
でも、ほむら自身が各人がどういう人間なのかをちゃんと理解し、活躍させてもいます。

魔女として結界内に他の人間たちを呼んだことは、ほむらが自身の彼らへの気持ちを再確認させる効果にもなったようです。
ほむらはいみじくも、劇中で「自分がどれだけの人の心を踏みにじったか」と言っています。
その自覚があるから、自分が見届けた魔法少女たちを結界内では縦横に活躍させるし、彼らに接するときにはかなりの配慮をしています。

結界内で他の魔法少女たちと過ごしたことは、ほむらにとってマイナスだけではなかったように思えてなりません。
「人間は成長する」。
それに伴って「様々な感情を持つ」。
そして、成長しているから「感情を制御できるようになる」。


これが、インキュベーターが見落としていたポイントなのではないでしょうか?
同時に、ほむらの独自性もあるように思います。
まどかに対する気持ちがあまりにも深いから。
何度も時を飛び、あまりにも多くの死と無念を見てきているから。


成長したほむらは、他の人たちを理解します。
自分のわがままを理解し、まどかの弱さを理解する。
だから、前にもまして自分の我慢を貫き通せるようになる。
我慢を貫くから、他者には弱みを見せない。
見せてしまえば、まどかが神になって、またつらい思いをすることになるから。

ほむらの叛逆は、成長の結果の必然であるように思います。

最後の皆に対しての態度なんて面白いですよね。
マミと杏子にはひそやかに別れを告げる。
さやかには、嫌味を言っているように見せて、魔女であることから解き放って人に戻す。
おぞましい外見なだけで、中身はどこの慈善事業だよwwwwです。人は見かけが9割、とはよく言ったものです。

でも、我慢の中に思わず感情を見せてしまうときがありました。
最後にまどかに対して笑いかけてから、封じていたはずなのに。

「まどからしい」まどかを見て、思わず微笑み、涙を流す。
やっぱり、ほむらはどうしようもなくほむらです。
だからこそ、叛逆する
のだけれど。(「私はどんな手を使っても、あなたを止めるべきだった」わけです)


ああ、いや、うん
全ての問題が、ほむらが余計なことをベラベラ口走ってインキュベーターに余計な興味を持たせたことが原因なんですが。まさに口は災いの門です。

ひたすらほむらに振り回されるインキュベーターが悲惨すぎます。

ともあれ、ほむらの決意はインキュベーターの挑戦もまどかの救済も押し返し、まどか自身に新たなチャンスを与えることになります。

今後、どうなるのでしょうね。
私であれば「まどかがほむらを全肯定し、ほむらに独占されるまどかになることを受け入れる」展開にします。
そうなるとほむらが困るから、まどかと二人で世界の均衡を図るエンドかな。
マミ、さやか、杏子などの魔法少女全体が日常から切り離され、「世界の裏側でみんなを守る」形になっても面白いと思う。
僕らは(今以上に)感知できないけど、いつもどこかで彼らが戦っている、みたいな。


ということで、叛逆の物語をまとめると、
ほむらはほむらとしてみんなに真摯に向き合い、成長し、誠実であった。
つまりは、魔法少女から少し大人になった(※)。 
だからこそ、悪魔として叛逆することになった。

※ここもまどかとの対比になっています。
まどかは身近に母というお手本の大人がおり、自分の役割を理解して強者として魔法少女問題に接し、解決しています。
ほむらはまどかというお手本を理解していたとは言い難く、自分の体当たりで他者との距離を掴み、自分の余裕の源泉にしていっています。その結果叛逆という形で魔法少女問題に相対することになりました。



といったところでしょうか?

呪いが愛に変わる、というのも、ほむらが我慢した結果の世界で他の魔法少女たちが生き生きと輝いているのを見れば、わかる気がします。
彼女たちの死を何度も見てきたほむらだからこそ、我慢ができてしまうのではないでしょうか。
ほむらは優しくて、強い人なのだと思います。


では、彼女はどうなるのか?
これ、OPとか見ていると面白い。
OPだとほむらだけ人の輪から外れていて、まどかの差しのべた手とも結局交わりませんでした。
『叛逆』本編の内容を象徴するかのようです。

これがEDになると、手がしっかり握られています。
ED後のCパートですが、ここでは何度も「半分」が強調されます。
半分の月、半分の崖、そして体を半分にされたようなポーズのほむら。
残る半分は?
やはり、鹿目まどかに答えがあるように思います。



このほか、小ネタ。
・起承転結がかなりわかりやすく区切られている。
最初の30分が起。
仲良し魔法少女・ピュエラマギホーリークインテットの世界。ほむらが世界に疑問を持つまで。世界が反転して区切り。

次の30分が承。ミステリーハンターほむら。疑問を持ったほむらが謎を追いかける。
さやかによって世界の種明かしが示され、叛逆のテーマBGMが流れるまで。
次の25分が転。キュゥべえによって世界の正体が示され、ほむらが魔女化するまで。
残り約25分が結。かなり綺麗に5分単位でシーンが変わるなぁという印象。

・魔女文字
多すぎてわかりません。面白かったのはバスで彷徨うときの停留所のシーンで、看板に「Vendi Vidi Mitakihara」とあること。
カエサルの「来た、見た、勝った(Vendi Vidi Vici)」のパロディで、「来た、見た、見滝原」というわけです。







上映館の情報はこちら











にほんブログ村 アニメブログへ
にほんブログ村


関連記事
スポンサーサイト

category: まどかマギカ

thread: 魔法少女まどか☆マギカ

janre: アニメ・コミック

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://chiqfudoki.blog.fc2.com/tb.php/362-0e6ed183
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

検索フォーム

最新記事

最新コメント

アクセスカウンター

オススメ

▲ Pagetop