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ZZ最終回再考  

2011年の10月18日にmixiでUPしたやつです。



Zのフォウ無双見て劇場版見返すと、また観点変わりますね。
というのが

劇場版とTV版の違い:カミーユの行動力と配慮

TVカミーユ<<<劇場カミーユ<<ジュドー
あたりのかんじです。

プルとプル2の例見てると、ジュドーだったら「永遠のフォウ」でも多分フォウを救出できてる。
だからあの話も仲間が増えたってだけで、悲劇でもなんでもなくなるのね。

フォウの亡霊が発生しない=カミーユも崩壊しない になります

でもカミーユはフォウを救えてない。
なんでかなーっていうと「つよいこ」じゃないから。

ココロとか行動力の問題もあるけど、そもそもパイロットとか兵士とか男として戦闘力がジュドーに劣るんです。これはアムロもカツもシャアも。

だから、ハマーンがジュドーを討ち取ろうとしたとき、「分かり合えたけどお互いが弱かったから無念を残した」魂たちがジュドーをかばったのかなと。

アレって別にハマーンを拒んでいたわけではなくて、「まだやめろ」だったと思うんですね。


んで最終回の流れを見返すと

1:お互いに技を出して戦う
2:お互いに秘術を出して戦う
3:お互いに生身で接触
4:お互いにZのスーパーサイヤ人モードを引き出して戦う
5:お互いに限界を超える
6:で、最後の気力を振り絞って相打ちになる


亡霊どもがかばったのが3と4の間。

なお、この戦いで「二人とも一緒に生還できた」フラグは2回立ってる。
さいしょにハマーンが誘ってジュドーが拒むんだけど、最後でもハマーンが「さがれ!」っていってなかったらジュドーはハマーンを助けてたと思うんですよ。ハマーンもコイツは絶対無茶して助けに来るだろな、って言うのを理解しているからこそ「さがれ!」だったわけだし。

この「理解」が重要なポイントで、この一騎打ちのテーマでもあるんですが
43話でジュドーが身を挺してハマーンとミネバを助けるシーンがある。
何でジュドーがそうしたのか、当時のハマーンは理解をできていない。

ジュドーがハマーンに伝えたかった「調和」とか「協調」は、あの感覚なんじゃないかなと思うんです。
思わず助けてしまう、あの感覚。

ヒトがわかりあうのはNTであるだけじゃだめで、能力にプラスアルファになるものは何なのか、という話。
でもそのアルファも気持ちだけではダメで、それを実行しきる力も必要になる。
だから「つよいこ」じゃないといけない。

で、NTでかつ「つよいこ」っていう条件を満たしているのはジュドーだけ。
NT同士だと交感はし合えるけど、実際に悲劇にしないためにはもっと違う強さがいるっていうのはガンダムシリーズで繰り返し強調されてきたとおり。


ハマーンの前に立ちふさがった亡霊どもって、「NTだったけど強くなかったから、あと一歩でだめだった連中」ばかりなんですね。
ハマーンの悟りを促すために出てきたのかな、ともとれる。
もし宇宙なり集合意識なり残留思念になにか理性や目的があれば、の話だが

で、「NTであるだけじゃダメ」っていうのはガンダム全体のテーマでもある
プラスアルファについてジュドーとハマーンがお互いに通じ合ったってところで物語の幕が下りる、って言うのは納得かなぁと。

逆に言えば、そこで幕が下りてるはずなのに世界が変わらなかったことがシャア決起の最も強い動機になるはず、でもある。


てか
エウーゴ艦隊「いまごろ」とかいわれてるけど十分以上に速いだろ汗
ジュドーたちが有能すぎるってだけで








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