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ガルガンティア感想 チェインバーの戦う理由?  

ちょっと気になったので、要所だけ見返してみました。
OPのラストに海底のチェインバーが映っているのが話題になっていましたが、見返すと色々ありそうですね。
セリフ集作ったり本気考察やるとやり甲斐ありそうですが、私の人生は一つしかないのでやめときます。

さて、今回は「パイロット支援啓発システムって何だろうね」というお話。



最終回を見てまず思い出したのが、クジライカーズを皆殺しにした後でチェインバーがレドに言った一連のセリフ。
チェインバーは○○だから相容れない宿敵だ、って言うのと、今回のストライカー討伐、何か関係あるのかな?と思ったんです。

見返した結果。
啓発の余地はないじゃねーよオッサン!!!!イカどーにかしろよ!!!!!!

まぁ「チェインバー的には殺し尽くしたと思っていた」で良いのかもしれませんが。。。
イカ問題は解決していないです。ストライカーの方が有害度が高くて、ソイツを討伐しているうちにチェインバーが脱落しただけ。。。

というか、ラストでチェインバー言ってること変わってね?

所詮アニメなのでぐちぐち考えてもしょうがないのですが、突破口が二つあります。

ひとつが、チェインバーの逆鱗。
もうひとつが、人類銀河同盟の「(アヴァロン)市民」ってなーに?という問題。
双方関連します。

チェインバーの逆鱗について。
ストライカー相手に何でぶち切れたのかな?と見ていくと、チェインバーの定義が見えてきます。
ポイントは役割分担と人間の定義。
「思考と判断をするのが人間」「ロボットの役割は人間をサポートすること」
なぜ思考と判断をするか?といえば、人間が「足りないもの」であるから。
生身の人間は能力が不足していたり弱かったりするからアタマ回しましょうね。それが人間ですよ。ロボはお手伝いしますよ、というのが、チェインバー行動原理の基本です。

ヒディアーズは思考と判断を放棄し、かつ文明に対して戦いを挑んできているので、敵。
クジライカーズはよくわかりません。
ずるいのが、チェインバーがクジライカーズを「相容れない敵だ」と断じてレドを突き放すシーン(10話)、画面に映っているのはクーゲル軍団なのです。
うつろな目で口を半開きにした皆さん、初見のときはイボルバーだと思ってましたが、レドたちに実際に接近してきているクーゲル教徒の連中です。


チェインバーは「思考と判断を放棄した連中」としてヒディアーズのことを言っているんだけど、構図的には「クーゲル軍団もその属性持ってますよ」と宣言がなされています。
つまり、敵のすり替えが行われています。

クーゲル軍団に思考と判断を放棄させた、つまり人間じゃなくさせたのは誰か?ストライカーです。
自発的に放棄して遠い世界で引きこもってる奴らより、わざわざ他人の世界に割り込んできて思考と判断を放棄させてるヤツの方が、タチが悪い。
ストライカーをぶっつぶしてめでたしめでたし、となったのは、そういうことなのかなと。

ポイントは、クーゲルは自分の行動が銀河同盟的であると信じて疑ってないんだけど、同盟軍規にも、チェインバーに埋め込まれた「人間の望ましい形」にも反していること。

では、ストライカーのバグはどうして生じたのか?
チェインバーはシステムの穴だ、みたいなことを言っていました。

本編をざっと振り返ると、人類銀河同盟の世界は「人間が人間を支配する」ことが丸々想定されていないのではないか?と思われます。

クーゲルのウワゴトは元々「自分たちの方が文明的に進んでいるから啓蒙してやろう」です。
地球人は人間として対等ではない、進んだ人類であるのは同盟国民である、という考え方がベースにあります。
だから、同盟国民が地球人の思考や判断に対し干渉して良い、となる。

でも、チェインバー的には「なんぴとも人間(パイロット)の思考と判断を侵せない」です。
で、どうもチェインバーの判断の方が同盟的には正しいっぽい。
でも、このチェインバーの理屈は、本編第一話で描かれた世界とも、クーゲルが作ろうとしていた社会とも違います。

もうひとつ、第一話でレドは「自分は兵士として完成された」という意味のことを言っているけど、チェインバーがレドに対して「啓発の余地なし」とした状況とは相当の隔たりがあります。

どうして、と考えたとき、思い当たったのが、物語冒頭でレドが得たアヴァロン市民権が暫定的なものであること。
このときの資格は「軍務に16年余ついていること」なのですが(スパルタの兵役義務が16年、共和制ローマが確か20年前後)、「市民」と「兵士」がまるで別物なのではないか?と言う疑問があるのです。
言い換えると、レドやクーゲルのいる人類銀河同盟軍とアヴァロンが全く別物なのではないか?という疑惑。

なおこの場合、クーゲルさんも兵士側の人間です。アヴァロンに行ったことなさそうだし。
彼が船団で作ろうとしていたものは、「クーゲル隊」の延長線上にあるものであって、「人類銀河同盟市民のいるアヴァロン」とは全く別のものなのではないでしょうか?

では、市民のいるアヴァロンとはどういう場所か?
最終回のチェインバーの行動を考えると、本編で肯定的に描かれたガルガンティアの人間たちのような人たちがいる場所なのではないでしょうか?
ヒトを増やすだけならクローンで足りてそうなのに、わざわざ生殖の権利つけてますし。
また、この「市民」の育成はヒディアーズ(イボルバー)との和解や地球帰還をも見据えているのではないか?

言い換えると、どんな場所でも思考と判断ができる存在なのが、同盟の市民なのではないか?
その意味では、クーゲルはちょっと偉いだけの戦闘奴隷にすぎません。市民ではありえない。
そして、そういう「市民」になるまで「兵士(パイロット)」をサポートしていくのが、チェインバーやストライカーのような支援システムなのではないでしょうか?

ならば、もしイカ人間たちが思考して判断していた場合、それはチェインバー的には「人間」と見なしうるのか?
本編で答えは明示されていませんが、コミュニケーションの可能性が示され、そこにチェインバーの翻訳機が絡んできそうな所を見ると、肯定的に考えてよいのかなと思います。

この「思考」と「判断」、振り返るとまどかマギカでも描かれています。
キュゥべえは、誘導はしても思考と判断に対して暴力的な妨害をしていません。
虚淵作品を考えるときに、一つ頭に入れておくとよいのかな?と思いました。
たとえば、反逆の物語にも絡むのかもしれない。



最後に、虚淵らしさ、といえば。
マミったよろしく、中佐の首ボットンやらイカ娘グシャやらが印象に強かったと思いますが。。。
私は、「トラブル味わえるのが生きてる人間の特権(キリッ)」とか言った船団長が、その舌の根も乾かないうちにトラブルで心臓発作を起こしてあっさり死ぬのが非常に強く印象に残りました。リジッドはマミポジションだし。。。
「もう何も怖くない!」→あぼーん、と展開かぶるよね、これ。。。


お後がよろしいようで。











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