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【僕の見た?戦争。】  

後輩がユーゴ紛争の「戦争の体験を語る」なる記事をオススメしてきたので、お蔵入りだったものを出してみます。
エイプリルフールってことで一部フィクションが入っています。元記事こちら

祖父はかつて言っていました(多分今もそう思ってるだろうけど)。

「にんげんは、かんたんにしぬ。」

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。






今日はエイプリルフールです。
以前の戦争絡みでちょっとネタが出たもので、昔のことでも話してみます。まぁ、今日だけのお話しって感じかな。



今より、ちょっとかなり前。
昔からセンソウってものに興味があった俺は、海外放浪してた時期があります。

バックパック担いで東へ西へ。その時に絶対に行きたいなって思ってた場所があって、それが「戦場」。

まぁ当時戦争やってるとこなんて限られてますが、A大陸のB国ってコトにしときます。
白い稜線と青空がとても美しい場所。危険度は「そこそこ」かな。
ほら、外務省って「一部地域だけが危険」って場合は危険度MAX表示しないでしょ?

んでさ。
日本人のパスポートなんて世界で一番強いわけだから、行けちゃうんですよ。
バッカみたいに簡単に、最前線の裏まで。で、そーゆーとこ行くと大体見えてくるんですよ。
ジャーナリストとか国際機関とかは言わない方がいい場合が多くて、「守りたい女がいる!」とか言っといた方が遥かに強い場合も多い。

で、来ちまうとソレはソレで問題なんですね。
武器は(統制厳しいけど)いったんその地域の懐に入ってしまえば簡単に手に入る。
兵士なんてそれこそ、自分で「なりたい」って思った瞬間になれちゃうわけです。
粗製乱造のカラシニコフを持たされまして、手りゅう弾を数発仕込む。

弾帯までかけるといよいよ、なんかもう逃げられないなって気分になります。
重いんですよ。これが命の重さなのかな、なんて漠然と思う。いや、思考飛ぶから。
日本人のオツムで現実についていくのって厳しいと思うんだよね。


兵士つっても、日頃はフツーのカッコなんですね。ゲリラ戦なんてそんなものです。
軍服着てる特殊部隊なんてのもいるけどさ、地元じゃ「誰がゲリラか」なんてわかってるわけよ。

売るヤツとかいねーの?とか思うじゃん?それまた、ありえないんだよね。
売ったヤツも多分その瞬間にバレて家族ごと「消えてる」状況になるから。


でさ。
実際に戦闘員として参加しちゃうと、もう生物の群れってだけなんですよ。
国籍とかバックグラウンド関係なくて、その群れにどれだけ貢献できるか。言葉も身ぶり手ぶりも必死だよね。

多分、全てが異常な状況だったんだと思う。
俺みたいな何気ない旅行者がほんの数時間で武器に触れて、なぜかコミュニティの中に溶け込んでる。
いや、溶け込まされてる。溶け込んだものってがっちり固められて逃げられないんだよ。

俺のいた場所は前線ってわけではなくて(みんな山の中で戦ってたから)、俺はむしろ街中の予備兵みたいな感じだった。
撃ち方とか習ったけどね。山の中連れ出されてさ。
「足元!」とかすげー言われるのね。地雷うまってっから。

で、山三つくらい越えると開けた場所なんてものがあって、そこで撃つんですよ。
銃声とかいいのか?とか聞くんだけど、いいらしい。でもたまにヘリが来るんだそうです。いや笑えないから。

撃ってみろとか言われて、やるわけですよ。
なんか、ね。
予想外にキます。カラシなんて割かし誰でも撃てるはずなんだけど、肩で支えないとズンってきますね。
俺なんかじゃ最初は絶対当たらない。仲間にもう女子中学生みたいな子も結構いてさ、日頃は全然フツーなんだけど、なんだろ。撃ってるときってもう修羅が宿るよね。アレは人間じゃない。

と言っても、普段から戦ってるとかじゃないんです。あくまで予備兵。
本業はむしろ逃走する人の護衛とか、見張り。まー地味な仕事だよね。決定的に重要だけど。
俺の居た地方では、長屋というか、中庭を共有するみたいな感じで隣同士が数軒つながってる。
なもんで、例えば、いちばん左端の家に民兵とか武装警察が来そうだったら、みんな隣家経由で右端の家から脱走するとか、裏手の川から逃げるとか、そういうときの誘導、護衛、シンガリなんかをやるわけです。

コレって、地の利があるし、向こうが人数繰り出せないこともあって、意外とウラをかける。
んでも、薄氷を踏むような現実は変わりがない。

もし先制されていたら、もし包囲されていたらと考えると、今になって恐ろしくなる。
でもそういうのって、なーんか気配でわかるんだよな。空気に殺意が溶けだしてくるから。

本当に危なかったことは一回あって、買い出し行った時に流してた私服の警官に呼び止められた。
そもそも東洋人がいなかったしね。

個人としては気のいいアンちゃんで、俺のことを「ニホンから来た友人」とか言って、酒もおごってくれた。
んでも、弾こもった銃をブン回しながらなので、まぁあまり気分のいいものではない。
つっても、動揺とかもできねーし。

で、これがシャレにならないことになった。
一緒に飯を食いに行ったんですが、「俺は警察なんだエライんだ」という話になり、「ゲリラやってる○○人なんてバカでどうしようもないゴミだ」とか言い出したんですね。

そこまでは、まだ良かった。
いきなり「パァン!」って乾いた音がして、え、っとかおもったらドスンって感じで、ちょっと先を歩いてた人がもーそのまんま、空気当てられたみたいに倒れてるのね。

撃っちゃったんですよ実際に。

で、ホント見る見るうちに血が広がってくんだよ。とりあえず俺動けない。
警官君も流石にヤバいと思ったらしくて、俺をひっ立てるようにして、まず顔役みたいなのを呼ぶ。

その場じゃどうにもできないから、ともかく負傷者(亡くなったらしい)を運んで手当てして、
警官の方は「無礼討ちをした」みたいに、憮然として去る感じ。

みんな表面上は何事もないんだけど(よくあることだから)、
一瞬走った、なんとも言えないいやーーーーーーーーーーーーーーな空気が凄くすごくコワかった。

とりあえず、彼と俺との関わりは個人的なもので、こういう「事件」すら割と頻繁に起きる、でも微妙に1.5線くらいの地域だったもので、この件はすぐに日常の中に溶けて行った。
いや、「この間も○○人が殺された」って形で恨みがこびりつくんだけどね。

警官君と別れた時点で、俺はとりあえず武装警察とかに見つからない道を通って大きく迂回して、とにかく自分が世話になってる家の友人(家長)に相談した。思い返しても絶妙なルートなんだけど、もうホント機械的に動いてた記憶しかない。
良く帰れたなって感じ。ヘタすりゃ味方にも吊るし上げられ兼ねなかった状況だもん。


で、くだんの場所の顔役のところと、亡くなった人のご家族のところに行って詫びてきました。
俺が詫びる筋でもないんだけど、なんかもう、そうでもしないといたたまれない感じで。
「お前が自分を責めることはない。抱え込みすぎだ」なんて言われましたけどね。

とにかくごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい。
今になって振り返っても。。。やっぱり、ごめんなさい、ごめんなさい。


武装警察の焼き討ちで町が一角丸々燃えてなくなった、なんて話もあった。
そのときはその場にいたわけじゃなくて、家からも出るなって言われたんだけど、みんな凄いピリピリしてて居ても立っても居られないのが伝わってた。
俺もそんな感じだった。逃走経路の確認とか血路の開き方とかは頭で何度も何度も何度も何度もやるのね。
そーゆーときって本能がアタマを冴えさせるから。
でもゲリラと見なされて掃討されるから迂闊に出るのもまずくて、警戒態勢だけが続いた。
実際は3時間もたってなかったんだけど、とても長かった。澄んだ月夜だったのを鮮明に覚えている。
3日後くらいにその場所に行った。商店街だった場所がケシズミになってた。

結局、俺がその街に入って2週間ほどで国連軍が入ってきて、そのエリアでの戦闘そのものが終結した。
砲声は毎晩聞こえてて、あの後も3回ほど脱走の手引きをしたりはしたんだけど。

不思議なもので、兵隊もどきをするようになってからは物音に敏感になって、些細なことで目覚めるようになる。
でも、こうしたショッキングな事件が相次ぐと、感覚は更に、もっともっと異常に研ぎ澄まされるようになるんだよ。
空気と同化する感じかな。意識が反応する前に体が動いちゃう。それが逆に危ないなぁ、って思ったりもした。
条件反射で「出ちゃう」から。



俺の前に「敵」が出てきたらどうしよう?ってことも、嫌になるくらい考えた。
これは世界観が変わる。フツーに歩く街中の景色の全てが、ある意味敵を孕んでいるものだから。

んだけど、そこに敵を求める心の中の敵意が、実は一番怖い。敵を認識しつつアホな外国人を演じる、そんなことをマジでやってる自分は、傍から見れば滑稽極まりなかったと思う。

実際に銃を持って動いたことも何度かあるけど、ナイフで「こう使え」ってのもあったけど、いざ敵と対峙した時、それができたとは思えない。足には自信があったし。
そんなのも狙撃兵の射程の前じゃ無意味なんだけど、直接撃って戦うよりはどうしようもない安心感を覚えたりする。
でも、怖いもので、最初は「ズシリ」と感じたカラシニコフが、いつの間にか無造作に、まるで傘を持つように持てるようになってしまう。引き金に手をかけるときだけ全く別の感触になるけど。
その感触は、夢でも何度も見た。

でも、自分が「殺すか否か」ってだけで、殺される恐怖とか、地雷で足が飛ぶような夢は出てこなかった。
それに気付いて、自分の浅ましさがとても笑えた。
人が死ぬのを目の当たりにしてもソレって言うのは、やっぱり戦争の狂気だか何だかで、ココロは「乾いていく」ものなんじゃないかな。


終わった時のことは、今も鮮明に覚えている。
仮眠してたら仲良かったやつに肩ゆすられて、「終わったよ(Everything is over)」って言われた。
「What?」もう一回、「OVER. Fi-ni-shed(終わったんだよ、終わったんだ)」って言われて、手を大きくセーフの形で何度かクロスされて、

「They've gone(ヤツらは去った).」。

嬉しい、とかじゃなくて、力が抜けた。どっと抜けた。
その仲良しが手を掴んで立たせてくれて、肩をポンポンって叩いてくれた。
「You're brave」とか「Thank you a lot」とかその辺言われた気がする。

現実をみんなが信じるのに3日くらいかかって、やっと安全だってわかってからお祭りみたいになった。
戦闘の余波で電気止まってたから、みんなでロウソク燃やして、UNマーク入りの資材で作った仮設酒場みたいのがたくさんできて、やったらアルコールの強い地酒やらナンやらを持ち寄ってどんちゃん騒ぎになる。
そっちの騒ぎの方で死人が出たりもしてるんですよね。

これもまた後で聞いた話なんだけど、
俺の目の前で人を殺した、かの警官君は報復されるでもなく、家族ともども無事に、自分たちの民族の土地に戻って行ったそうです。
焼き打ちをした人にしても、俺らのいた場所の人って殆ど無事に、何事もなく本国に帰還したんだってさ。

で、ほどなくして、今度はゲリラ同士の足の引っ張り合いが始まったり、マフィアが暗躍したり、別の意味での不安がじわじわと浸透していくことになる。

それでも、多分、「前よりはマシ」なのだろうけど。




以上、
経験した事実を再合成したフィクションをお送りしました。冒頭でも述べたように、エイプリルフールの記事です。
殆どはホントだけど、一部に嘘が混じってます。


さて、嘘はどこなのでしょうね。
もしかしたら、「エイプリルフールだから嘘を入れました」という文章だけが、嘘なのかも知れません。

てか4月1日って嘘を二つ以上付くのはいけないんでしたっけか?




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