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ガンダムZZの魅力を語る【本多知恵子さん追悼】  

『機動戦士ZZガンダム』のエルピー・プルおよびプルツーの声をあてておられた声優の本多知恵子さんが2月の18日に亡くなりました。

このブログはもともと、Mixiの記事だったZZガンダムの感想を公開するつもりで作った場所です。
ここに場所を作ってなかったらガンダムAGEの感想は書いていなかったかもしれないし、未来日記も知らなくて、まどマギにも出逢っていません。従って世界一周もしていません。
その意味では、ガンダムZZがこのブログの始まりともいえます。

形を整える前に世界が動き出してしまいました。
追悼第一弾で、2011年08月11日17:30にMixiに掲載していた記事を紹介します。

また、この動画を紹介しておきます。







ZZ感想です。信者がマンセーしてる記事なので食傷気味の方は苦言でもどーぞ。

結論先にいっときます
「ZZには蒼天航路やネウロと同種の魅力がある」

「バイブレーション」のダイジェストみて「エマリー散華」みて「コア3の少女」も気になったから見たんだけど、

いあなんつーか
ZZの魅力って、大人になってから見ると倍増しますね。


いい物語ってのは「登場人物&作者が伝えたいメッセージに読者が深く共感できること」に尽きるんですが、そのために「作中人物が一緒に生きているかのように感じられること」ってデカイ。
週刊漫画とかアニメなんて、このムードをいかに作れるかがキモだしね。


ZZってその意味じゃとってもフシギな作品で、「続きを知りたい」ではなく「こいつらの冒険物語をもっと見たい」って思ったんですね。
エルガイムとターンエーもちょっと近いものがあったけど、ZZは傑出してます。

なんでかなーていうと、コレ少年漫画の王道なんですよ。
「少年が世界を旅して色々な人間と出会い、人間の可能性について模索していく」物語。
その意味じゃワンピースと同じですね。


もともとはカミーユの「ここからいなくなれぇー!」とかがもう大好きだったんですが、コレは環境による後天的なものなわけで、

ZZの「人間の可能性を、ちっぽけな自己満足の為に潰されてたまるか!」は魂の根源に突き刺さりました。

オレのこの気持ちは「わかるはずだ!バックパッカーだったみんなにはわかるはずだ!!!!」だと思います。


蒼天航路って、「人は世界を広げ 出会い戦い交わっていく」っていう、曹操の征旅の物語だと思うんですが、で、これはネウロの桂木弥子の底流にあるものでもあるんですが。
ジュドーも宇宙世紀世界を自分の足で冒険しつくして、実際に刃を交えて世界を解していってるんです。

ジュドーはシャングリラを出て、宇宙世紀の「一年戦争とハマーンが作った状況」の中でいろいろな形で生きようとする人たちを実際に見ています。敵味方を問わず。
一緒に暮らしたり、ノウハウを交換したり戦ったり。
あの世界で考えうる殆どの生活形態に触れてるし、実際に干戈を交えている。

対ハマーンにしても、本人相手との接触もそうなんですが、実はちょっと特異な経験があります。
それがマサイのエピソードです。
マサイという人はハマーンにかなり似ています。ハマーンも、シャアを引きずって過去の暗黒に囚われる人だから。

で、マサイと戦ったときって
ジュドーの傍らにはプル(=ネオジオン最高のセンサーNT)がいる」でした。
望みうる最高のガイドが一緒の状態で体験してるわけです。
この時点で、ジュドーはアーガマでの基礎教育を殆ど終えています。
旅も半分きてるし、理解できる土壌がそれなりにできています。

だから、ハマーンにとってジュドーは初めて触れる異質の他者だけど、ジュドーにとってハマーンは初めてのタイプではありません。
(ハマーンは顔色を窺う人間か特別扱いする人間としか接してなかったのでしょうね)。

だから、最終回のジュドーの「自分の頭だけで考えるな!」には重みが乗ります。


でも、ZZを好きなのはもっともっと大きな理由があります。パンチが効いてることです。
コミカルに見せているだけで、序盤のダブルゼータのエグさはゼータを超えてます。
コミカルな分、実はもっと冷徹に現実を描写している。

たとえばグレミーの初陣時、「一生のお願いです!私たちに出撃の許可を!!!」と、新兵たちがマシュマーに声をそろえて嘆願する。
ギャグとして描かれていますが、この戦いでグレミー以外の4人はあっさり死にます。
ギャグシーンの「一生のお願い」が本当になってしまっているのです。
死んだことに誰も言及すらしません。ルーとの半ギャグで流されます。

ガザの嵐にしてもムーンムーンでのエンドラ轟沈にしても、ゴットンの愉快な仲間たちにしてもかンなり容赦なくサクサク死んでいきます。軽妙なリズムの合間に。

小説でも漫画でもアニメでも、フィクションは大体「現実世界で勝てなかったヤツが何かを仮託して小便臭い世界でご都合主義の物語を動かす」モノです、だから割り引いて見ているのですが、
ダブルゼータってこのへんシビアなんですね。

凄くシビアに人が死ぬし、ジュドーもサクサク明るく人を殺してます。
人の死に泣く一方で、相手はバシバシぶち殺しています。
死に対してお涙頂戴や押し付けがましいキモチワルサも殆どない。明るい世界の背景で淡々と人が死んでいく。


もうひとつ付け加えると、エマリーが死ぬとき、エマリーは「ラビアンローズにお尻を見せるつもり?」っていってドックを放っています。
この戦法は前に18話くらいで使われたことがあり、このときは有効でした。ガザを落としています。

これに対してプルツーが「モノをぶつければどうにかなると思われたとはな」「子供の遊びじゃないんだよ!」とのたまう。
でも、モノをぶつけるのは本来はハマーンのお家芸だし、上記のように「物語前半なら」有効だった戦法でもある。シャングリラのノリの無手勝流です。
エマリー自体もいつも以上の力を出して、戦う選択をした場合の最善手を打っています。
でも、容赦なく潰される。例のごとく、これもその事実に説明も言及もない。

ただ「ごめんよ。間に合わなくて」とだけジュドーが言って、エマリーの死に顔を綺麗にしてやってそっと抱きしめる。
実際にワンテンポの差で生死が分かれています。ソレも押し付けがましい言及はないんだけど。
ダブルゼータの明るさって、冷徹なまでの現実っていう「影」にちゃんと裏打ちされてるんですね。


ただ、ジュドーは性格の根本に救いがあります。
これは43話で気付いたのですが、ジュドーはまず人助けに体が動いてしまいます。
コレは人殺しができることと実は矛盾しません。生きるために敵を殺すけど助けられる場合は助けてる。

グレミーの反乱でハマーンがピンチになったとき、ハマーンが自分に銃を向けているにも拘らず「とっさに」体が動いてハマーンを助けちゃうのがジュドー。
ここで「ありがとう」が言えないのがハマーン。まー相手に心をちゃんと開くかって違いなんだけど。

でも人の命が大事だ、って押し付けがましいこともしないで敵はきっちり殺す。
一見矛盾してるんだけど、人が生きるうえで必要な割り切りだとも思う。

そういう人間が、シビアなルールの中で生き抜こうとする人が息づくガンダムワールドを冒険しつくす。
だから「こいつら次はどういう冒険をするんだろうな」っていうワクワクもある。


もうひとつ忘れてはならないのが、対比としてのネオジオンの面々。
グレミーはジュドーに何かをいえる程度に「似たような経験」をしているんだけど、こちらは何も得ていない。
だから「バイブレーション」で対比が際立ちます。
マシュマーにしてもハマーンにしても、彼らができる中でのベストを尽くしてるんだけど、甘さがあったり相手に対して心に偽りがあったりして後れを取る。
負けた理由も、決して仰々しくはないが、ちゃんと明示されています。

(ハマーンは基本的に礼が言えない人間だし、他者にまず憎しみと猜疑で接しています。てか43話でモロに強化人間を蔑視してたしね)


ってことで
ダブルゼータの世界には物語特有のご都合主義が実は少なくて、
主人公たちはリアル世界でもちゃんと勝てる要素を持っているからあの世界でも生き残る。
そういう意味じゃ現実に合致してるんですね。
で、物語のテーマは「冒険に伴う少年の成長」って言う少年漫画の王道に、「ニュータイプって?人は分かり合えるの?」ってガンダムのテーマがブレンドされています。
つまりガンダムXがやろうとした内容でもあるんだけど、すでにZZの時点で完成されちゃっているように思う。

というのが、
「バイブレーション」のジュドーの台詞「人間の可能性を潰されてたまるか!!!!!」ほど刺さった台詞って、記憶にないんですね。
いやカミーユのヒステリックな怒りとかも大好きなんですが。

台詞が刺さるってことは、作り手が言いたかったテーマに対してタメがしっかり効いているから。
タメって何かなって言うと世界描写であり、その中で主人公たちが何を蓄積してきたか。

もうひとつ重要なのが、ここに演者の魂が乗っていること。
矢尾一樹ってヒトもかなりリア充っぽいんですね。ZZのときが30前。それなりに成功した人間として実際に体験したことと、物語で描こうとしているモノがリンクしている。演者もソレをわかって魂を乗せている。

このシンクロは、僕らがこの世界を見て体感していることともシンクロする。


だから「人間の可能性を潰されてたまるか!!!!!」のパンチ力が生まれる。
ダブルゼータって萌えとかイロモノとかプルとかMSとかに目が行きがちなんだけど、本質は物語の芯の強さにあるのだと思います。

大人になると魅力がわかる、とか言うレベルじゃなくて、物語を書こうと志す人間は絶対に見るべき作品なのではないでしょうか。ガンダムの中で最高、って域に留まらずアニメとして創作として絶対に外せないレベルだと思います。

そうそう、コレ続編としてもこのZZでちゃんとガンダムを完成させてるんですよね。
原作世界の深さも多様性もテーマも描ききってるし。続編モノでこれ以上のクオリティって難しいんじゃないかな。

俺ファーストは生理的に駄目なんですよ。アムロが気持ち悪くてwwww



なお、俺的にはZZの続編はVガンダム外伝です。
ネオジオン戦役に対して「王の器」のジュドーが出した答えが外宇宙への移民だったのかな、と。


補足(2011年8月15日00:38の記事を転載)

研究室に濃い目のガンダムファンがいるとヤバいですね。
「何でもっとファンネルを使わなかった!」の話ができるとは思わなかった。



・プルズの色気
プルズ=妹萌えキャラのハシリ、なんだけど、俺が求めるプルのエロス画像ってネットに落ちてないのね。
いあ当時の同人誌みたらあるかもだけど。
プルにしてもプルツーにしても「女の子」でも「妹属性って言う記号」でもなく、人間的ないやらしさとか臭みがあります。「あーあるある」ってかんじの。
外見とか付与された記号取っ払ってもクラスとかにいそうなんですよね、このヒトら。
プルツーもそーゆーの描かれてるとは思わなかった。

そのつもりでバイブレーション見返すと面白いです。
「プルツーを人形として利用するな!」ってジュドーの問いに、グレミーは「私には大義がある」とか答えてるわけで・・・・・んでもプルツー的にはグレミーはパートナーだったろうから、ねぇ。


・ハマーン対ジュドーで97%ジュドーが勝つってコトの傍証
ネェルアーガマを無力化したいなら沈めるんじゃなくて乗っ取ればいい。
劇中でも明確にチャンスはあったわけで(避難船に工作員を仕込んだ上で外部から仕掛ける)
ネェルは見逃されてたんじゃね?って話。
気心が通じてて話が通じる、って意味じゃ味方みたいなもんだし。


・ZZって戦争モノじゃなくて冒険モノだよね
主人公側が、だけではなく敵側視点のストーリーにしたとしても。


・ZZガンダムの鬱屈
同僚のいわく「鬱屈がなければガンダムじゃない。ZZは王道だけど俺が求めてるものじゃない」
ってコトで話してて気付いた。

ZZの場合、ハッピーエンドに終わったこと自体が壮大な皮肉である。
もう逆シャアが決定してるから、このハッピーエンドが「偽りの平和」であることも、ラストでジュドーを送り出した人間たちが健全な再会をしえないことも、「物語が作られた時点で」承知の上の展開。ZZ全体で世界が搾り出して求めた「救い」自体が厄介払いされてるわけだし。

明るければ明るいほど、実は皮肉になっているわけです。


このように、
世間的には評価が微妙なZZですが、ここを見に来てAGEとかまどマギを楽しめる人なら、結構見所があります。
ZZで描かれた骨太な異文化コミュニケーションに華を添えたのが、本多知恵子さんのプルとプルツーでした。
この二人は非常に重要なポイントでスパイスを効かせてきます。
どう効いてくるのかは見てのお楽しみ。ただのロリなんかじゃありません。
色気がちゃんと入っているキャラクターで、入れてくる演者でした。だから、私はZZのヒロインはプルだと思っています。

本多知恵子さんのこの世界の歩みは2月の18日で止まりました。
でも、作品とキャラクターはいろいろな言語に翻訳され、これからも世界を回り、つなぎ続けていくことでしょう。

本多知恵子さん、ありがとうございました。
ご冥福を心よりお祈りしております。





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