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ガンダムAGE感想 番外13:「百年の長きにわたる戦い」とは?  

ガンダムAGEが完結して一日が経過しようとしています。

銅像wwwwww

なのですが、

あの鳥がユリンの肩にいた鳥云々、というのも置いておいて、
百年戦争ってなんだったのかな?というのを考えてみました。
劇中の断片を組み合わせていくと、結構きれいな答えになります。


まず、事実確認。
アスノの男たち(ていうかフリット)が戦っていたのはA.G.115からA.G.164までの実質50年です。
また、フリット編のナレーションでA.G.101の「天使の落日」が百年の長きに渡る戦いの始まりだった、とも明言されています。


最後の37年は駆け足かよwwwwwwwwナレーションwwwwww

なのですが、これは考えていくと非常に面白い。今までの伏線とか問題提起で答えられそうなのです。

答えを先に言ってしまうと

火星の棄民問題について、地球人に対してイゼルカントが問題提起をしたのがA.G.101。
(恐らくはキオ主導で)、地球人が火星問題の根本を完全に除去したのがA.G.201。

イゼルカントの問いにキオ(たち)が回答するまでが100年、なのです。

これ、明示はされていません。断片から推測していって大体そうだろう、までです。
後付のやっつけなのかどうかは微妙なところ。三世代編から仕込んできた可能性が若干、無きにしも非ず。
ねじ込んだにしてもきれいな解決方法ですが。


こう考えたきっかけが、昨日の最終回のイゼルカントとキオの最後のやり取りでした。
この二人のやり取りは大体、イゼルカントとゼハートとのやり取りの対になっています。

イゼルカントは今回も無茶振りをしていて、「地球はお前に託そう。どうか見せてくれ。人が人でいられる未来を」とか言っています。お前ゼハートの件で懲りろよwwwwwという話ですが、キオの答えが秀逸。

「人はこれからも生きていきます。手を取り合って。」


これ、ゼハートの答え(末路)と比べると象徴的です。ゼハートは「光になれ」と言われて驚く。
「ひとがひとでいられる」ことが何なのか、ゼハートは答えを知らないから。
だから「光である」に対して間違った目標設定をして、自分を追い詰める。

でも、キオは全くたじろがない。イゼルカントの大きすぎるはずの問いを真っ向から受け止めるのです。
「これからも」は「これまでと同様に」です。
キオは「これまで」に対する何かしらの確信があるわけです。

ポイントは、イゼルカントも恐らく、「ひとがひとでいられる」ことの答えを知らないこと。
前にイゼルカントは誰なのか?と書いた覚えがありますが、彼の言動を振り返ると、どうも彼は地球圏を離れてから生まれ育った人間のように思います。確かアセム編でもそういうセリフがあったように思います。
つまり大地も地球も知らない。多分「人間らしい社会」も知らない。


生まれたときには死病が当たり前にあって、人間が長生きできない中で独学で奔走して組織を作ったのではないでしょうか。

というのが、彼は「人らしく生きる」とかいう割に、今目の前にいる「人らしく生きている連中」がヒトなのかどうかの判断ができていません。人間がしょーもない生き物、というのも、気づいていないフシがある。これはヴェイガンの通弊でもある。

だから、そもそもイゼルカントは「ふつうのにんげん」が何なのか、お手本を知らないのではないか?


もうひとつ大事なのが、ヴェイガンが「棄てられた民」であること。
これは、「自分たちは普通の人間だ」と認めてしまうと、じゃあ何で今こうやって割を食っているの?という話になります。地球種を見下して、弾かれた理由を正当化しないと自分たちのアイデンティティを保てないようになる、とも思います。みんなやる気がなくなって社会が荒廃して全滅しかねない。

※だから、総司令フリットが「一個人」として「火星圏の戦士たち」に「要請」をしたことは、火星のアイデンティティ闘争の決着としてとても重要だったように思います。

また、ヴェイガンは基本的に貧しいようです。
というのが、最後の最後のナレーションでさらりと重大すぎる事実が暴露されています。
「地球+火星でキャパ以上の人口がいた」。ちょwwwwソレ最初に言えよwwwww

ただ、劇中で出てきたコロニーで明らかに貧乏そうなのはソロンの一部とファーデーンスラムと火星圏くらいです。
とくに火星圏は軍隊の規模は地球と同程度だったわけで、もしかしたら地球圏に匹敵する人口がいたのかもしれません。
「選別(=口減らし)」しないと生きていけなかったのではないでしょうか?

イゼルカントはそういう世界を見ていたはずで、「ふつうであることを許容できない」「ひとがひとをえらぶ」極端な社会の中に生きていた人間のようにも感じます。


彼が「理想的な人間」として見出していたのはゼハートとキオでした。
つまり資質が高くて純粋でぶっ飛んでる人間。逆に、それ以外の「ヒト」は見ていない。
見たことのない次世代に期待しすぎる人のニオイがぷんぷんします。

それで行くと、実はフリット少年も「イゼルカントの理想」に当てはまる。
ただ、フリット編を振り返ると、フリットの周りには彼を「ふつうのこども」として受け止める人たちがいました。
日本の現代人の感覚で行くと、天才児は本来はフリットのように扱われるはずだと思います。どんなに優れていても、子供はやっぱり子供。
そういう「社会による子供の相対化」がなかったのが火星圏なのかな、と思います。


何でそういう問題が起きたのか、といえば、棄民されたことが大きいし、死病の問題もある。
地球から離れちゃった世界で生まれたイゼルカントたちからしてみれば、自分たちを弾いた連中は信用ならない。
そもそも「話し合える」という状況自体を信じられるのかどうかも疑問です。「地球の人間」のイメージができないと思うのです。
これは皆様も南米のど田舎とか行けば感じると思う。日本国内でもカルチャーギャップが結構あったりします。



ともあれ、このままではジリ貧なのが火星圏です。
彼らは生きるためには「強いられる」し、対抗策は「えらぶ」しかない。
かくしてA.G.101に「お前らどうにかしろ!」という問題提起を地球にぶつける。天使の落日です。

裏を返すと、イゼルカントがことあるごとに言い続けた「ひとがひとである」が「強いられる」の対になっています。
また、「えらぶ」については、キオはA.G.164の段階では答えを出せておらず、選んだ結果のふるい落としを極力減らす方向にしか動けてません。


さて、ラ・グラミス戦の最終局面になるとゼハートとキオの違いが出ます。AGEが世代を重ねた意味も出てきます。
「答えを知らない」イゼルカントやゼハートに対し、キオは「答えを確信を持って言える」人間です。

なぜか?キオが「ひとの健全なつながり」の中ですくすく育ってきた子供だからだと思われます。
「人のあるべき姿」のお手本イメージを持っている。いや、彼の爺さんはアレはアレでぶっ飛んでたけど。
ただ、フリットじじいを見ていると、笑うときに笑って怒るときに怒って、結構人間らしさを醸し出していたように思います。
だからユノアはフリットの気持ちを読んでズバズバ突っ込めるし、アルグレアスもフリットに合わせて付き合い、時には受け流せる。

キオとウェンディが手を握るだけで通じ合えるのも、いいコミュニケーションを見て育まれてきた結果なのではないでしょうか?
アスノ家にしても、それを取り巻く人間関係にしても、健全で歪みが少なかったものと思われます。

キオの世界

39話のキオの回想は象徴的です。このフリットの笑顔!
※ユリンのことを知りながら、フリットのこういう笑顔を守り続けたエミリーは、やはり大した女性なのでしょう。


そういうキオだから、ヴェイガン自身が「人にあらず」と断じた火星圏の暮らしやゼラを見て、「これも、人」と看破しました。
イゼルカントの呼びかけにも揺らがない。
ただ、同時に、イゼルカントとは違う形で「人に何かを強いている火星圏のゆがみ」を感じてもいました。

この答えも、劇中に描写されています。38話のジャンクの丘です。


火星圏 - コピー


このシーンで、無邪気に喜ぶアノン兄妹を見て、キオは大きなショックを受けています。


3sha3you.jpg


これが、キオの戦いの原点なのではないでしょうか。
というのが、物語のラストで、キオはじいちゃんに「地球は元気になったよ」という報告をしています。
これ、マーズレイ問題が解決したA.G.201の出来事です。

なぜ、報告内容がこのセリフなのか?


また、このときにフリットの像の肩に青い鳥がとまっています。
ユリンとつなげて考えた方も多いと思う。


青い鳥


ではユリンとはどこで再会したか?ミンスリーです。地球では失われた自然が保全されていた場所です。

ミンスリーの青い鳥が、地球のブルーシアにもいた。この事実は、キオのセリフを裏付けています。
「地球は元気になった」のです。

いや、青い鳥はもともと地球にいたかもですが・・・・
でも物語の小道具だから、そういう象徴なのかなとは取れる。

A.G.201での報告なので、この地球の復興は、火星のテラフォーミングと少なからず関係しているはずです。

では、青い火星はどうして実現したのか?
EXA-DB+AGEシステムでリバースシステムを作った、という説明がなされています。

AGEビルダーはディーヴァ撃沈で失われており、「三種の神器」の残り二つはAGE-FXの中のAGEシステムとAGEデバイスだから、どちらもキオが持っています。
つまり、キオの積極協力がなければリバースシステムは絶対に実現しません。



ここで「力の使い方」が絡んできます。
まずXラウンダー能力。「この能力は戦うために使うんじゃないんだ!」とキオは散々騒いでいました。
ただ、彼は正しい使い方を理解していない。最後の最後になって、じいちゃん相手にやっと、彼が使いたかったであろう方向で使いました。相手の意識に積極干渉してイメージを見せるのは、イゼルカントとかゼハートの使い方です。
ゼラ戦でも、彼の位置を検知して助けるのに、Xラウンダー能力は役立ったはずです(ヴェイガンギアは例外的にコクピットが腹部っぽいので、今までのキオの戦い方だとゼラは死ぬはず)

また、FXバーストモードにしても、二度目になる今回は明確に「ゼラを助ける」目的で使い、MSを撃破しつつゼラだけを無傷で助け出すという離れ業をやってのけています。

つまり、キオは「命を助ける」ために、力を積極的に使っていっています。

「もうひとつの救世主ガンダム」レギルスとゼハートの扱い、彼のEXA-DB観と合わせて考えると、「力は力でしかなくて、使い方しだいだよね」というのはAGEの物語のひとつのメッセージなのかな、と思います。


では、戦争が終わった後で、キオの「命を助けるため」の「力を使った戦い」がどう変化したのか?
キオなりに火星問題を考え、「人が人らしくある」ために、「人らしくなくしている」ところの死病や貧困の問題に、彼の手持ちの力で立ち向かったのではないでしょうか?

キオ自身もいくつかの土地をめぐっていますが、フリットとエミリーがファーデーンを見、アセムの代ではソロンにアスノ父子とロマリーが入港しています。

キオはあの戦いを通じて、物語に通底する「世界のゆがみ」に気づいていったのではないでしょうか?
つまり、キオの本当の敵は、イゼルカントにあの戦いを強いたもっと根本的な問題。
僕らがこの物語を通じて感じてきた、不条理や悲しみの元凶でもある。荒廃した環境に起因する貧困と死病です。

A.G.164では「選ばれずに死んじゃう人を減らす」という消極的な抵抗しか、キオはできませんでした。
なぜ選別が起きたのか?といえば、環境が貧困と時間制限を強いていたためです。つまり「環境が変えられない、だから人が変わろう」という発想。
キオは、もっと大きく考えたのではないか?「環境を改善すれば、人は強いられずに生きられるようになる」。

直接のきっかけは火星のジャンクの丘です。他には描写がありません。
でも、キオが問題意識を持ったとき、世界のゆがみの実相を語れる人材は周りにいます。
今のアスノ家であれば、問題に正面から取り組むこともできる。そういう仲間もいます。
キオがイゼルカント以上にイゼルカントの問いに取り組む人間であることは、37話と38話で描写されています。
また、アセムはアセムで、ゼハートが背負おうとした思いを真摯に受け止めているはずです。
フリットにしても、あの演説の平易な言葉を見ていると、火星圏の「人」をよく解しています。それに、彼はそもそも猛勉強家です。


もうひとつのポイントは、この問題はキオの代にならないと感じ取れないのではないか?ということ。
健全な人間関係、戦争が隣に存在しつつ覚めた目で見られる環境(=戦いに強いられない環境)、敵に対してのある程度の情報、など、世代の蓄積があって初めて、キオのように「敵を人間として見る余裕」があり「イゼルカントの言うことを相対化して見られる」人間が生まれるように思います。

つまり、イゼルカント系と地球系、両方の情報を合わせて託されているキオのような立場じゃないと、そもそも取り組めない。

戦後のキオは、イゼルカントの問いを受け止め、彼なりに問題解決に奔走していったのではないでしょうか?
劇中の言葉を借りると「ぼくら(多分火星の民も含む)」の「地球を元気にするため」の戦いです。
恐らくはアセムと共に戦うはずです。フリットも「人類を守りたい」人だから、多分協力するはずです。


そこには戦争はないし、ガンダムも恐らく「戦士」としては出てこない。
ただ、ここまでの戦いの延長線上として、劇中で連綿と描写されてきた元凶との、キオたちのもうひとつの戦いは続いていたのではないでしょうか。
そのすべてに、本当の意味でしめやかに幕が引かれるのが、A.G.201のあのラスト。だから百年戦争。

ただし、宇宙に訪れたのは「ひととき」のやすらぎだと明言されていますし、人間のしょーもなさは変わらない。
火星問題が最終解決しただけです。兵器の全廃棄とかもしてないでしょうしw
もしかしたら、何百年後かにあのAGE-1はまた使われるのかもしれません。

でも、AGE世界の「モビルスーツが隣にある新世界開拓の光景」「その後のキオの戦い」、なんだか楽しそうじゃないですか?


あの世界で散っていった全ての無念を受け止め、キオは走り、戦い続けていた。


あくまで推測です。ナレーションと、フリット像にキオがなんでああ報告したのか?からの逆算です。
あのラスト、そういう意味にも取れるよなーと思いつつ。
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コメント

・・・そうか・・・よく考えたら、結局フリットも「置き換え」だから、その後彼が何を考えていたかなんて、ハッキリと「これが正解!」というのが、用意されてるはずがないんだ…。あとはホントに自由なんだ…。・・・ハァ~・・・いろいろ取り消してぇ~・・・

ビニールシート #- | URL
2012/09/25 08:06 | edit

>>ビニールシート様
おつかれさまです。
彼の思考は今までの話の中に色々答えがあります。
そんなに暗いものでもないと思う。

最後の銅像の光景も楽しいですよね^^
なんで二人しか客がいないのか、なんでガンダムの足元にある肖像画のメンバーがフリットではなくアスノ家の面々なのか、でもあの建物自体は大きいわけで・・・
アスノ家メンバーはあのあとも走り続けたようです。

今しばらくAGE記事を書いていきます。よかったらよろしくお願いいたします。

さわK #- | URL
2012/09/25 20:24 | edit

本編終わった後の考察、ありがとうございます。
正直、本編ラストでゲームとどこが変わったの?と思っていましたし、ゼハートやフラムなど思う所がたくさんありましたが、前回の光があるなら影もある。ゼハートは歴史になれなかった影の運命なのではないかという意見を見て、確かにと思いました。
戦争である以上、勝者があれば敗者もあり、歴史を作るのは常に勝者である。
という事を考えれば、当然敗者は歴史に残らない。
けれど残らないからと言って、視聴者からもわからないように書くのは不自然だし、何より視聴者だからこそ知りえた影の歴史、消えた運命を丁寧に描くことで、戦争の悲惨さを伝えることにもなる。
前の記事で仰ってたことなんですが、その人の死を印象的にするには、死のシーンを劇的に描くことより、その人の生き様をしっかり書いておくこと。
これは、その通りだと思ます。
幸せな時間がきちんと描かれていてこそ、死んでしまった時の悲しさが深くなる。
ゼハートやフラムを知っているからこそ、歴史にすら残らない、または悪しざまに描かれるだろうことがとても悲しいです(おそらくゼハートは悪者扱いではないかと。味方撃ってますし)。
そして、フリットの呼びかけシーン。
私は、今の今まで戦ってたのに、殲滅とか言って大量殺戮用のミサイルとか持ってる人の言葉にそんなあっさり聞くのかとも思いました。
ヴェイガンからすればセカンドムーン救うのは当然なんですが、どうも引っかかってたんっですね。
こちらの考察では、ああ、そうかと思える理由があって嬉しくなります。
もしかしたら、ヴェイガン側にも厭戦気分というのはあったのかなとも思います。
絶対的戦力差があった頃と違って、今ではもう互角に戦えてる状態ですから。
ヴェイガン内にも、どうして初期に決着つけなかったのか疑問に思う人はいると思うんです。
初期ならもっと簡単に勝てたのに と。
また、キオの戦場においての何もしなさ加減がちょっと気になってたんですよね。
頑張っているのはわかるんですが、結局何を成したの?というような。
でも、こちらの考察を見て、ああ、そうか。キオの役目はもっと後にあったんだ。と思えました。
戦場は、結局殺し合いの場です。
キオは殺し合いをする役目ではなく救う役目を持って存在した。
だから、戦場ではむしろ問題にすら思えるキャラだった。
彼の戦法によって、被害拡大したという見方もできるという点で。

ところで、ずっと気になってたんですが、イゼルカントは戦争をしない人間を選ぼうとしていて、そのの選別法が、極限の状況を作り、その状況でも戦闘を選ばない、または望まない人間だったと思うんですが、あってますか?
でも、これだと志願兵全滅ですよね。
ヴェイガンって、一部のXラウンダー以外は志願兵だと思うんですが…。
そもそも、ヴェイガンは戦わざるを得ない状況なわけで、それで戦わない人間って、無理ですよね。

そして、そのイゼルカント。
ゼハートの件で懲りろ。には、全くもって同感でした。
託すとか言える立場じゃないだろう と。
お前の訳分からん理想のせいでどれだけ犠牲になったとおもっているのか。
人口については、新たにコロニー作るとかはできなかったんでしょうか?
宇宙について詳しくないので、こんな考えが浮かぶんですが。
それにAGEの時代なら水上都市とか平気で作れそうとか。
人口のキャパオーバーについては、確かに、それが理由で火星に人送ったんだよなぁとは思いましたけど。

他の記事に関する感想も書かせて頂いたので、また、長文になりました。
いつも、長文・乱文、失礼します。

灯枝 #- | URL
2012/09/25 20:26 | edit

>>灯枝様
いつもありがとうございます。

フリットの呼びかけ、これは面白いです。
振り返ってみるほどに面白い。彼は名乗ってなくて、「おねがい」をしている。
しかも、彼にしては平易な言葉を使っている。
よくヴェイガンのことをわかって言っているなぁと感じました。
作り手はかなり考えて作ったのでしょうが、フリットはそこまで考えていっていないようにも思います。
ああいう呼びかけをできたことが、彼の50年の成果なのかなとも思います。

ヴェイガンの厭戦気分、これは追いかけてみていくと面白いかも。
初期より確実に命を惜しんでいっています。私語も増えてるww

キオについては、最終回を何度か見ていて、イゼルカントの死ぬ際に「あなたが間違っているのは方法と人間の見方だ」という答えをぶつけられたのが大きいかなと思います。
一方、「みんなで生きていく方法があるはず」ってのがあの戦争中じゃ出せなかった答えで、それは「みんなを食わせるようにする」なんですが、その答えが結実するのに37年かかってます。

また、キオが色々働きかけないとフリットはヴェイガンを軟化させられなかったはずなので、あれがキオの役割なのかなと。「ヴェイガンの家を助ける」ために地球側の司令がみんなに頭を下げる、っていう構図は、ヴェイガンとしてはどうしても避けられなかったプロセスだと感じます(だから降伏とかただの和平が無理)


彼が放置されてたのはどうなんでしょうね。問題アリだけどまぁ問題以上に敵を無力化してるし、あたりでしょうか。まぁ連邦軍も何だかんだで結構いい加減なので^^;

イゼルカントの選別はまさに同感です。彼の求める人間は、現世だと殆どいないはず。
というか、そもそも実在するのかがわかりません。彼が理想だと思ったゼハートにしてもキオにしても人間でしたし。彼がそういう人間だったわけでもなく、彼の理想自体も否定されたのでなんとも。
「戦えるし勝てるけど、ただ勝つだけじゃ意味ないよね?」が彼の着想の原点だったようにも思います。


過去を忘れ地球と決別し、火星圏をテラフォームして適応していくことも可能だったと思います。
ただ、棄民のオトシマエをつけて、「人類全体」で前に進みたかったのかな?

コメントありがとうございました。

さわK #- | URL
2012/09/26 00:56 | edit

お疲れ様です。無事視聴できたようで何よりです。
とうとうAGEも本放送が終了してしまいましたね。毎週の楽しみが一つ減って少し寂しく思います。

今回のAGEでわたしにとって印象的だったのはヴェイガンギア戦直前のキオとイゼルカントの会話。そこでのキオの台詞"今だって人は人です''。この言葉に二の句が告げられなくなったイゼルカントにさわkさんの仰る通り、わたしも彼が人らしい人を知らないのだなと感じました。
火星圏が開戦前どの様な状態であったか分かりませんが、貧困に苦しみ、治安が悪かったであろう事は想像に難くありません。為政者としてのイゼルカントがした事はこれらの不安や鬱憤を外に向ける事だったのかもしれませんね。行過ぎた愛国主義のように。
またイゼルカント絡みで思ったのは彼の選別のスタートは単純に地球への帰還を望む者と地球憎しで戦いを望む者とを別ける事なのかなと。以前さわkさんの考察で地球側がおかえりと言えばこの戦争は終わるといった趣旨の記事があったと思うのですが、憎しみで戦っている人間は戦いを辞めないだろうとわたしは思ったのです。イゼルカントは戦争がしたかったわけではないと言っているので、じゃあ彼が何をしたのかというと、"戦いたい奴は戦って死んで来い"なのかなと。だからキオの憎しみから戦争に走ってしまうのも人間だと言われ何も言えなくなったのかなと思うのです。もちろんイゼルカントの方法論は間違っているし、彼が間違った方法を選んでしまった経緯にも背景があるのでしょう。人が人として生きられない火星圏の実情が。
これは何の根拠もないのですが、火星圏では次世代を担う人間をクローンで補っていたのではないでしょうか?長期間戦争できるのもルゥやディーンに両親の描写が無いのにもそういった理由があったのではないかと。それだけにイゼルカントにとって実の子であるロミは本当に特別な存在だったのではないかと。子どもが子どもとして扱われないのもそのためではないか?ヴェイガンはクローン技術を確立しているようなのでこんな根拠のない想像をしてしまいます。思い付きばかりですみません。

リバースシステムの開発には間違いなくフリットが関わっていると思いますよ。ラストのフリット像は戦争の英雄としてではなくシステムの開発者と建てられたのだとわたしは思っています。最終話冒頭での戦闘で彼はキオがコックピットを切り離したダナジンを追撃する際、頭部ではなく本体を撃っています。フリットの中で変化が起こる予兆だったのではないでしょうか?

せゆこ #ZLwMBPH6 | URL
2012/09/26 18:50 | edit

全部送れてなかった(汗)

少年フリットのシーンで彼より年長者ばかり出て来たのも彼が過去に囚われて生きた証拠のように思います。自身も犠牲になった人たちのために戦っていると言っていますしね。そんなフリットが戦後、自分が殺したヴェイガン兵のために行動しない訳がないと思うのです。研究開発は彼の得意分野ですし。アスノ3代はそれぞれの分野で同じ目標に向かって邁進した事でしょう。ヴェイガンギア戦でキオが僕らが力を合わせれば大丈夫と言ったように。
過去に報いるために生きるフリット。過去を背負って進むと言ったアセム。未来を見つめるキオ。語れば尽きませんね。楽しい一年でした。

せゆこ #ZLwMBPH6 | URL
2012/09/26 20:28 | edit

「人」かぁ。
フリット「連携を乱すな。これは戦争なんだぞ」
アセム「これは戦争じゃない。人と人との戦いなんだ」
ゼハート「人としての感情など捨てている」「人として生きたかった」
イゼルカント「人が人として…」
キオ「人は今でも人です」
ゼラ・ギンスは人としての感情を奪われてそう(というかクローン人間?)
AGEで「人」というワードはけっこう大事なんですよね。あとは
継承 復讐 愛 理不尽 とかも大事だと思います 

あ #- | URL
2012/09/29 16:44 | edit

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